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	<title>国内旅行 - MATRIX TRAVEL[マトリックス トラベル] - バーチャル旅行ガイド</title>
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		<title>『世界遺産』自然と調和する日本最大の縄文遺跡【三内丸山遺跡】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 05 Jun 2026 15:00:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[東北地方]]></category>
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					<description><![CDATA[青森県にある日本最大級の縄文遺跡で『世界文化遺産』にも登録されてる「三内丸山遺跡（さんないまるやまいせき）」は、縄文前期中頃（約5900年前）から縄文中期後半（約4200年前）までの1700年間も自然と調和して平和に繁栄…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>青森県にある日本最大級の縄文遺跡で『世界文化遺産』にも登録されてる「三内丸山遺跡（さんないまるやまいせき）」は、縄文前期中頃（約5900年前）から縄文中期後半（約4200年前）までの1700年間も自然と調和して平和に繁栄していた大遺跡で、公開されている場所だけで約5万平方メートルもある広い敷地には、三内丸山遺跡のシンボルである「六本柱の大型掘建柱建物」や日本最大級の竪穴住居である「大型竪穴建物」を中心に、15棟の竪穴住居や3棟の高床建物等の縄文遺跡が復元されて見学することもできます。</p>
<p>国の特別史跡にも指定されている「三内丸山遺跡」には、重要文化財約620点を含む総数約1700点の遺物を常設展示してる「さんまるミュージアム」もあり、各時代の縄文土器や石器などの道具や、各地の遠方から運ばれたとされる翡翠（ヒスイ）や黒曜石、琥珀（コハク）などの鉱物の展示、約5500年前に高度な技法で作られた重要文化財の「縄文ポシェット」や「大型板状土偶」等も展示されてる見所が多い観光スポットで、現代日本にも受け継がれる日本の源流とされる16500年前の「縄文の心」を今に伝える博物館です。</p>
<h2>『世界文化遺産』に登録された三内丸山遺跡</h2>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama1.jpg" alt="『世界文化遺産』に登録された三内丸山遺跡" width="650" height="448" class="alignnone size-full wp-image-2450" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama1.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama1-300x207.jpg 300w" sizes="(max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
令和3年（2021年）の7月27日に「北海道・北東北の縄文遺跡群」が『<strong>世界文化遺産</strong>』に登録されましたが、対象となったのは、北海道・青森県・岩手県・秋田県の4道県に点在する17の構成資産（および2つの関連資産）が日本の先史時代を代表する文化遺産として世界的に高く評価され国連教育科学文化機関（ユネスコ）の世界遺産に登録されました。</p>
<p>全17の遺跡からなる各エリアの構成資産は</p>
<blockquote><p>「北海道エリア」で、入江貝塚・高砂貝塚（洞爺湖町）、垣ノ島遺跡（函館市）、大船遺跡（函館市）、北黄金貝塚（伊達市）、キウス周堤墓群（千歳市）、関連資産で鷲ノ木遺跡（森町）の6遺跡、「青森県エリア」は、大平山元遺跡（外ヶ浜町）、三内丸山遺跡（青森市）、亀ヶ岡石器時代遺跡（つがる市）、田小屋野貝塚（つがる市）、二ツ森貝塚（七戸町）、小牧野遺跡（青森市）、大森勝山遺跡（弘前市）、是川石器時代遺跡（八戸市）、関連資産で長七谷地貝塚（八戸市）の8遺跡、「岩手県エリア」で、御所野遺跡（一戸町）の1遺跡、「秋田県エリア」で、大湯環状列石（鹿角市）、伊勢堂岱遺跡（北秋田市）の2遺跡を合わせた17の縄文遺跡で構成されてます。</p></blockquote>
<p>この17の縄文遺跡の中でも現在最も有名で、縄文遺跡の代表とも呼ばれるのが青森県にある「三内丸山遺跡」で、同じく青森県にあって『世界遺産』に選ばれてる16500年前の世界最古級の縄文土器が発見された「大平山元遺跡（おおだいやまもといせき）」が縄文時代の始まりで、その後に各地に移動して長く定住する知恵と工夫を携えて最も繁栄したのが「三内丸山遺跡」とされ、その存在は江戸時代から知られていましたが、本格的に調査されたのは1992年から開始されて、1994年に直径約1メートルの栗の柱が6本見つかり大型建物の跡だと考えられたため、野球場建設の予定を中止して遺跡の保存が決定されました。</p>
<p>日本最大級の弥生時代の環壕集落跡である「吉野ヶ里遺跡」よりも5000年もさかのぼる縄文時代に巨大な木柱が存在していたことで、縄文時代にも吉野ヶ里遺跡をしのぐほどの巨大な建造物が存在した可能性があるため調査が続けられて、調査の結果、大型掘立柱建物跡、大型竪穴建物跡、環状配石墓、道路跡、竪穴建物跡、捨て場や盛土、土坑墓、埋設土器などが発見されて、中でも直径１メートルのクリの木柱の「大型掘立柱建物跡」と長さ約32メートル、幅約10メートルの「大型竪穴建物跡」の発見は、当時の縄文人の建築技術の高さを示すものであり、1997年に国の「特別史跡」に指定されて、2021年には日本の縄文遺跡としては初めての『世界文化遺産』に登録されました。</p>
<h2>日本最大の縄文遺跡【三内丸山遺跡】</h2>
<p><img decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama2.jpg" alt="日本最大の縄文遺跡【三内丸山遺跡】" width="650" height="494" class="alignnone size-full wp-image-2452" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama2.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama2-300x228.jpg 300w" sizes="(max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
三内丸山遺跡（さんないまるやまいせき）は、現在でも調査が進んでいる総面積が約42万平方メートルもある「<strong>日本最大の縄文遺跡</strong>」で、青い海と青い森に支えられた広大な土地は公開されている場所だけでも約5万平方メートルもあり、縄文時遊館の近くにある「北彩館」の中には、三内丸山遺跡にちなんだ縄文グッズや工芸品等の土産品を買うことができる「あおもり北彩館　三内丸山店」や縄文人が食べたとされる食材をメニューに多く取り入れ、食を通じて縄文時代を感じられる「れすとらん　五千年の星」が入場券なしでも利用できます。</p>
<p>入場券が必要な「<strong>縄文時遊館</strong>」の有料エリアには、三内丸山遺跡から出土した総数約1700点の縄文遺物を常設展示してる「さんまるミュージアム」や、地下にある部屋には、高さ6メートル、幅18メートルの壁面に5120個もの縄文土器の欠片がちりばめられてる「縄文ビッグウォール」とガラス越しにある実際に発掘された「六本柱の欠片」や、約500個の縄文土器が一堂に収納された展示を見学できる「一般収蔵庫」があり、縄文時遊館の外にあるエリアには、広大で自然豊かな三内丸山遺跡の「縄文ムラ」と「ピクニック広場」の2つのエリアがあります。</p>
<p>「縄文時遊館」の有料エリアに行くためには、巨大な縄文土器が目印の「チケット売り場」で入場券を買う必要があり、外エリアにある三内丸山遺跡を含む常設展の入場料は「一般は500円・大学生等は250円」で、高校生以下の方は「無料」で入場できて、三内丸山遺跡の近くにある「青森県立美術館」の当日有効のチケット半券を提示すると「一般は400円・大学生等は200円」に割引されます。</p>
<h3>自然と調和する縄文ムラ【竪穴建物跡】</h3>
<p><img decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama3.jpg" alt="自然と調和する縄文ムラ【竪穴建物跡】" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2454" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama3.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama3-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
縄文時遊館の外エリアにある三内丸山遺跡の「縄文ムラ」と「ピクニック広場」に行くためには、三内丸山遺跡ジオラマの奥にある「時遊トンネル」を抜けた先で、自然豊かな外エリアにある三内丸山遺跡に行く道中には、縄文ムラを見学する前に見るのを推奨されている「縄文シアター」があり、上映時間8分で三内丸山遺跡の基本情報が分かりやすく上映されていて、三内丸山遺跡ジオラマの先にある時をかけるような広大な「時遊トンネル」内の壁には縄文土器の欠片がちりばめられています。</p>
<p>過去にタイムトラベルしたような「時遊トンネル」を抜けた先には、五千年の時を超えて語り始めた三内丸山遺跡の自然豊かな光景が広がり、右側の道は「ピクニック広場」で、左側の道の先には三内丸山遺跡の「縄文ムラ」があり、三内丸山遺跡では縄文の人々が1700年間も平和で自然と調和して定住暮らしていたと思われる竪穴建物（住居）跡や掘立柱建物跡（高床倉庫跡）が多数発掘されています。</p>
<p>5000年前は現在よりも平均気温が2～3度ほど温暖な気候で、栗などの森林資源が現在よりも豊富にあり、三内丸山遺跡の「<strong>竪穴建物跡（たてあなたてものあと）</strong>」には、茅葺き（かやぶき）・樹皮葺き（じゅひぶき）・土葺き（つちぶき・どぶき）の3種類の屋根を持った5000年前の住居を想定して復元されており、円形でつくられた各竪穴建物跡の内部は見学が可能になっています。</p>
<h3>原始神道や結界の源流【掘立柱建物跡（高床倉庫跡）】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama4.jpg" alt="原始神道や結界の源流【掘立柱建物跡（高床倉庫跡）】" width="650" height="440" class="alignnone size-full wp-image-2456" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama4.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama4-300x203.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
縄文時代の信仰は「アニミズム（自然信仰）」であり、自然物（山、川、木、岩）や動植物から自然現象など森羅万象の全てに神性を見出す「八百万の神」の源流とされ、土偶や巨石を用いた祭祀を通じて自然や精霊を敬う精神は、後の日本固有の宗教である神道（古代神道・原始神道）の根幹になっていますが、古代アイヌ語で神や高位の霊的存在を指す言葉の「カムイ」や、自然界の動植物や火、風、水、土などに魂（精神や意思）が宿るとされる縄文人の信仰と、仏教や東洋哲学の「一即多・多即一（いっそくた・たそくいち）」との多くの共通点があることが指摘されています。</p>
<p>青森湾に注ぐ沖舘川（おきだてがわ）の右岸台地上にある「三内丸山遺跡」の三内（サン・ナイ）は、古代アイヌ語のサン（前に開けた）ナイ（沢や川）が地名の語源とされ、約5500年前の時代では「縄文海進」と呼ばれる地球規模の温暖化により海面が現在よりも5メートル程高かったとされ、三内丸山遺跡のすぐ近くまで青森湾の入江が入り込んでいて、森羅万象の中でも海の幸など豊かな恵みを与えてくれる「海」や、生命の根源でもある水が現在でも流れ続けてる沖舘川などの「<span class="sc_marker-animation blue">海や川</span>」が最重要視されていたと考えられています。</p>
<p>同じく山の幸である山菜や木の実から木材資源や燃料などの恵みを与えてくれる「山や森」も重要視され、三内丸山遺跡で複数棟が発見されてる「<strong>掘立柱建物跡（高床倉庫跡）</strong>」は、クリやクルミなどの木の実や貴重な食料を湿気やネズミ等から守って長期間保存するための倉庫だった説や、道路の両側に「<strong>結界</strong>」で護るように向かい合って列状に並んで副葬品として翡翠（ヒスイ）のペンダントが出土した例もある「大人の墓（土坑墓）」が高床倉庫跡の近くにあることから、葬儀や埋葬に関わる重要な施設だった説もあります。</p>
<h3>三内丸山遺跡のシンボル【六本柱の大型掘建柱建物】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama5.jpg" alt="三内丸山遺跡のシンボル【六本柱の大型掘建柱建物】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2458" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama5.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama5-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
三内丸山遺跡のシンボルである「<strong>六本柱の大型掘建柱建物</strong>」は、1994年に発見された4500年前の巨大木柱で、六本柱の大型掘建柱建物は、円の直径が2メートルの柱穴に、直径1メートル、高さ14.7メートルの巨大木柱6本で復元されていて、現代の5階建て位の高さもある巨大木柱は、発見当初はトーテムポールか建造物かで意見が分かれていましたが、円状の柱が意図的に内側に2度傾むかせて、柱が倒れにくいように複数の工夫された構造になっていることから現在では建物説が有力視されています。</p>
<p>当時は屋根もあった説もある「六本柱の大型掘建柱建物」が建てられた理由は現在でも正確な目的が判明してませんが、柱は天と地をつなぐ神柱を示すことや、4500年前の三内丸山遺跡は現在より海面が高く海岸線に近かっため灯台や物見台の役割をはたしていた説や、縄文神道を思わせる太陽を拝むための神殿で、高い神殿の上に姫巫女が上って祭祀の指揮を取って朝日を拝んだ祭祀の場や、月や星を観察する天文観測施設だった説など様々な説が提唱されています。</p>
<p>複数ある説の中でも最も歴史ロマンがあるのが「<span class="sc_marker-animation red">縄文時代の太陽カレンダー</span>」だった説で、柱の主軸の向きが太陽エネルギーの転換点である「夏至の日の出」や「冬至の日の入り」の方向と関係があり、1年で最も昼が長い日で太陽のエネルギーが最高潮に達する転換点の「夏至（げし）」と1年で最も夜が長い日で月や星が最も長く輝いて、太陽のエネルギーが戻ってくる転換点の「冬至（とうじ）」の太陽の位置を見て、季節の境目を理解する目安や祭日を大型掘建柱建物を中心にして盆踊りのように皆で祝っていた説です。</p>
<h3>六本柱の大柱穴【大型掘立柱建物跡】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama6.jpg" alt="六本柱の大柱穴【大型掘立柱建物跡】" width="650" height="417" class="alignnone size-full wp-image-2460" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama6.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama6-300x192.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
六本柱大型掘建柱建物の裏にあるドームの中では「<strong>大型掘立柱建物跡</strong>」が実際に自身の目で見学することができ、この建物跡は、円の柱穴が3個ずつ2列に配置されていて、円状の柱穴も直径深さ約2.2メートルと巨大で、柱間は芯から芯までが全て4.2メートルの一定間隔で作られており、4500年前の当時から高度な測量技術があったことを示しています。</p>
<p>直径深さ約2.2メートルの円状の柱穴の中に直径約1メートル、高さ14～23メートルの巨大なクリの木柱が建っていたと推定されていて、地下水が豊富で空気に触れにくかったことや、縄文人が腐敗防止の知恵で柱の底や周囲を焼き焦がしていたことで、奇跡的に直径1メートルのクリの木柱の根元が腐ることなく現在に残されていました。</p>
<p>柱間が全て4.2メートルと一定の理由は、縄文人の腕の長さを基準とした「<strong>縄文尺35センチ</strong>」を元に、35センチを12倍で測量した数字が4.2メートルだったとされ、この縄文尺35センチは高床倉庫跡にも使用された痕跡があり、他にも永続した定住が可能になった縄文人は簡単で初歩的な農耕も手がけていたことも分かっていますが、当時の三内丸山遺跡の周辺には豊富なクリ林があり、クリの果樹栽培（農業）も行われていたと考えられていて、クリは食料として重宝するだけでなく、クリの木材を建築資材や燃料としても大いに活用されてました。</p>
<h3>日本最大級の竪穴住居【大型竪穴建物】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama7.jpg" alt="日本最大級の竪穴住居【大型竪穴建物】" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2462" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama7.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama7-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
三内丸山遺跡では長さ10メートル以上の大型竪穴建物跡が10棟以上、一般的な竪穴住居跡が約780軒も発見されていますが、その中でも最大なもので長さ32メートル、幅10メートルの「大型竪穴建物」で、復元された日本最大級の竪穴住居である「<strong>大型竪穴建物</strong>」は、一般的な竪穴住居のおよそ20倍で、場所が集落の中心に近いことから集会所や共同の作業所として利用されていたと推測されています。</p>
<p>最大500名ぐらいが同時に生活していた三内丸山遺跡は、大型集落と言うよりも都市のようなイメージと語られ、旧石器時代の人々は日々狩りに明け暮れて拠点をいくつか作り移動してましたが、縄文人は移動しなくても生活できる定住のための知恵と技術を身につけてから、日々の暮らしの生活が大きく様変わりしました。</p>
<p>縄文人の１日は、夜明けとともに起きて日没後に就寝する生活で、太陽が昇ると、まずは<span class="sc_marker-animation red">火</span>を起こして暖房や炊事の準備のために必要な火力を確保してから、湧き水や綺麗な川などの水源に<span class="sc_marker-animation blue">水</span>を汲みに行き、午前中から午後の早い時間帯に狩猟・採取・漁労などの食料調達に励んで、狩猟は男性が採取は女性が主に担当したとされて、一定年齢（推定５歳）を超えた子供は狩猟・採取に一緒に同行して技術を吸収しながら身に着けていました。</p>
<h3>大型竪穴建物跡の内部</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama8.jpg" alt="大型竪穴建物跡の内部" width="650" height="397" class="alignnone size-full wp-image-2463" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama8.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama8-300x183.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
日本最大級の竪穴建物跡の内部は、90坪（約300平方メートル）もあって、300人程が集まることができる広い敷地で、大型竪穴建物跡には、木で作られた階段や円環状に石で囲われた囲炉裏（炉）も再現されており、縄文人にとって「<span class="sc_marker-animation red">火</span>」は「<span class="sc_marker-animation blue">水</span>」と同じぐらい日常生活には重要なものであり、土器を使った炊事や暖房、照明など様々な用途がありました。</p>
<p><strong>縄文人の食事</strong>は、春は山の幸であるフキノトウやノビル、ワラビ、ゼンマイ等の山菜や昆布やアサリ、ハマグリ等の貝類を採取して、夏は海の幸であるサバ、イワシ、アジ、タイ、マグロ、サケ等の海や川の漁猟を中心に、秋にはドングリ、クリ、クルミ、ノブドウ等の木の実をとり、冬から春にかけては、シカ、イノシシ、ウサギ等の狩猟を行い四季の変化に合せて季節ごとに旬の食材を選び、また保存することで、想像以上に豊かで安定した生活を送っていました。</p>
<p>縄文人の一日は稲作の労働時間よりも短かったと推測されてますが、冬に備えて保存食を作る秋が一番忙しい季節で、三内丸山遺跡ではシカ、イノシシが少なくて、ノウサギやムササビの肉を食料としていたと推察されていて、縄文人の主食はドングリで、アク（タンニン）を除去するのに手間がかかりましたが、炭水化物、タンパク質、食物繊維が豊富な食材で、採取したドングリは穴を掘って貯蔵していました。</p>
<h2>縄文ポシェットを展示【さんまるミュージアム】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama9.jpg" alt="縄文ポシェットを展示【さんまるミュージアム】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2464" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama9.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama9-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
縄文時遊館の内エリアでは、三内丸山遺跡から出土した国の重要文化財の約620点を含む総数約1700点の遺物を常設展示してる「<strong>さんまるミュージアム</strong>」があり、三内丸山遺跡からは、縄文人の暮らしが分かる出土品が多数発掘されていますが、その中でも各時代の縄文土器や石器などの道具、装身具などの縄文人の暮らしに関わるものから、各地の遠方から運ばれた地球の欠片とも呼ばれる翡翠（ヒスイ）や黒曜石、琥珀（コハク）などの鉱物から、縄文人が食べていたとされる動物や魚の骨など総数約1700点が「さんまるミュージアム」で常設展示されています。</p>
<p>入口にあるタイムスケールトンネルを抜けた館内には、右側に縄文時代から愛されてる大切なパートナーの「犬」や「縄文人」の人形を使った、三内丸山遺跡の竪穴建物内での生活の様子などを分かりやすく再現して解説する「<strong>縄文人のくらしをひもとく</strong>」コーナーがあり、左側には重要文化財の「縄文ポシェット（編籠）」「大型板状土偶」を中心に「クリの大型木柱」「ヒスイ製大珠」などの重要文化財約620点を含んだ総数約1700点の出土品を展示する「<strong>縄文のこころ</strong>」コーナーがあります。</p>
<p>その数ある出土品の中でも代表的なものに重要文化財の「<strong>縄文ポシェット（編籠）</strong>」がありますが、縄文ポシェットは約5500年前のものとされ、ヒノキ科の針葉樹の内樹皮で袋状に編まれた、高さ約16センチ、幅約10センチの編籠で、縦横のヒモの色を変えて、波のような模様を出す「波状網代編み」で作られ、縄文人が使っていた高度な技法が現代の工芸にも使われる「網代（あじろ）編み」だったことや、奇跡的に原形をとどめて発見された籠の中にはクルミの殻が1個入ったまま見つかり、約5500年前の縄文人が木の実を入れて持ち歩く平和な日常の風景を今に伝える「<strong>縄文時代と現代をつなぐ遺物</strong>」として注目を集めています。</p>
<h3>縄文時代の始まりを示す土器</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama10.jpg" alt="縄文時代の始まりを示す土器" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2465" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama10.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama10-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
<strong>現在日本にある最古の遺跡</strong>は、約12万7000年前から7万年前の石器が発見された、島根県出雲市多伎町にある「砂原遺跡（すなばらいせき）」や約4万2300年前の現在日本列島最古とされる多数の石器が出土した、広島県廿日市市にある「冠遺跡（かんむりいせき）」ですが、日本最古の縄文土器が発見されたのは、約1万6500年前から約1万5000年前の無文土器が発見された、青森県東津軽郡外ヶ浜町にある「大平山元Ⅰ遺跡（おおだいやまもといちいせき）」で、縄文時代の始まり示す重要な遺跡とされ、三内丸山遺跡と共に『世界遺産』にも登録されています。</p>
<p>旧石器時代と縄文時代の決定的な違いは「<strong>土器</strong>」を使用していたことで、土器はドングリやトチの実などのアク（えぐみ）の強い木の実を食べられるようになったり、気に入った土地に居座ることで創造性豊かな重い土器を作り、煮炊きによる煮沸効果で衛生面が向上して、保存食を作って貯蔵することで、旧石器時代の時のように常に食糧を求めて移動しなくても生活できる長期的な定住が可能になりました。</p>
<p>実際に「縄文人のくらしをひもとく」コーナーで展示されてる「円筒下層式の土器」は、手前に展示されてる実用的な「円筒下層式前半の土器」から、上段に展示されるごとに「円筒上層式後半の土器」に時代が変わってくると、道具としては不便になってしまう創造性豊かで技巧を凝らした縄文土器を作るようになり、これは縄文時代の人々が高い精神性で大きな争いもなく、暮らしの工夫と知恵を向上させて、食料に困らず時間的にも余裕があったからこそ作られた代物だったことが分かります。</p>
<h3>呪術の源流を示す縄文土偶</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama11.jpg" alt="呪術の源流を示す縄文土偶" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2467" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama11.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama11-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
現在累計発行部数が1億5000万部以上で世界的にも人気のある『<strong>呪術廻戦（じゅじゅつかいせん）</strong>』は「呪い」をテーマにした漫画でも知られていますが、「呪い」には「のろい」と「まじない」の二つの読み名があり「呪い」には「呪詛（じゅそ）」のような特定の人物や物事を恨んで苦しめる悪意あるものから、「まじない」のように人々の災厄や災害を軽減回避して日々の安寧や恵みを願うものがありますが、この「<strong>呪い（まじない）</strong>」の方の源流は縄文時代にさかのぼるとされています。</p>
<p>縄文時代の昔から山、海、森、川などの四季を通じて変化をみせ、山の幸や海の幸など豊かな恵みを与えてくれる自然を大切にしてましたが、自然には豊かな恵みを与えてくれる側面と、時には地震や津波などの災害や災厄をもたらす恐ろしい側面もあり、この人知を超えた「恵み」と「災厄」の二つの側面を第六感で理解していた縄文人たちは、今の大切さや自然への感謝の心を忘れずに「まじない」として祭祀や土偶等を通じて祈ってました。</p>
<p>他にも縄文時代は「<strong>円の発想</strong>」を大事にしていて、円を好んで集落の中心にも円形の広場を配置して、円形でつくられた竪穴住居で長い間生活をしていましたが、これは全ての物を「かけがえのない霊魂を持つ平等なもの」と考えて、自然や他者と調和・共生しようとする日本人の根底にある縄文の高い精神性を表していますが、大陸から伝わった弥生時代以降からは、土地を区切り、上下関係を作り、自然や人を支配・管理しようとする「区分の発想」へと変わってしまいました。</p>
<h3>縄文の心を受け継ぐ人々のゆくえ</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama12.jpg" alt="縄文の心を受け継ぐ人々のゆくえ" width="650" height="438" class="alignnone size-full wp-image-2469" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama12.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2026/06/sannaimaruyama12-300x202.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
三内丸山遺跡は、縄文前期中頃（約5900年前）から縄文中期後半（約4200年前）の1700年間という世界の歴史上でも類のない長期的に平和で豊かな時代が続いていましたが、縄文中期後半に起きた急激な気候などの変化によって日本列島の気温が2～3度低下する寒冷化が発生して、主食だったクリやクルミなどの植物資源が減少し、海岸線が後退して海産物も減ったことで、縄文の人々は生き残るために集落を分散・移動する必要がある状況になりました。</p>
<p><strong>その後の三内丸山遺跡の縄文人の行方</strong>は、『出雲口伝（いずもくでん）』や『記紀』等から照らし合わせていくと、古代インドから錬金の技術を持ち、縄文人と同じ争いを好まない「クナト族」が縄文中期後半（約4200年前）に来て三内丸山遺跡の縄文人と和合して、出雲地方を拠点に原始神道の「古代出雲王国」を形成していきましたが、その後に大陸から来て「大和政権」を樹立した天孫族との抗争に敗れて「国譲り」を経て、権力を失い東北地方や関東地方などに追いやられ、その後「日高見国」を形成してた縄文人の「蝦夷（エミシ）」と呼ばれる人々と和合していきましたが、この縄文の心と血統はその後に、蝦夷とレビ族の両方の血統を継ぐ「弘法大師・空海」や「慈眼大師・天海」などの高僧達や、武士団と忍者の源流として受け継がれていきました。</p>
<p>あわせて縄文中期後半に来た古代インドの海人族でもあった「クナト族」との和合を拒否した人々は、北海道や山形県などに移動して、縄文神道を受け継いだ山岳信仰の「山の民」となり、その後、たびたび弾圧されていた山の民たちを助けて、縄文人が信仰してた縄文神道や山岳信仰を引き継いだ「役小角（えんのおづぬ）」の修験道となり、その血統と意志を受け継いだ「縄文サンカ」と「武士団」によって260年以上の平和が続いた「江戸時代」が築かれましたが、西洋に操られた明治維新で再び弾圧されて、「原始神道」や「陰陽道」と共に封印されて「縄文の心」は次第に忘れ去られていきました。</p>
<p>かつて46億年の歴史がある地球で1万年以上も平和が続いて、美しい川や自然の恵みが豊富で、必要な分だけを採取するお金のいらない生活環境で、身分の差も少なく、智慧と技能を向上させて皆が助け合って生きていた「縄文の心」を継いだ人々は、西洋化した明治時代を境に急激に失われていきましたが、日本人の根底にある縄文の高い精神性は世界を魅了する漫画、アニメ、ゲーム、音楽、映画、書籍などのクリエイターを中心に受け継がれて、現代に甦った遺跡と遺物と共に五千年の時を超えて今と未来に語り続けています。</p>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p><strong>三内丸山遺跡の観光所要時間</strong>は、さんまるミュージアムを含めても「2時間以内」で全部拝観することができますが、土偶作り等を実際に体験できる「体験工房」や三内丸山遺跡の近くには「青森県立美術館」等もあり、一日中楽しめる観光スポットになっています。</p>
<p>無料エリアの「北彩館」の中にある「れすとらん　五千年の星」では、縄文時代から食べていた栗を使用した五千年の星限定のソフトクリーム「ソフト栗夢」や、古代米（赤米）を使用したビタミン・ミネラル・食物繊維が豊富な「縄文古代飯おにぎり」等も食べることができます。</p>
<p><strong>三内丸山遺跡周辺にある他の観光スポット</strong>は、三内丸山遺跡から徒歩10分程の場所にある「青森県立美術館」で、館内には巨大な犬の立体作品である「あおもり犬」や、八角形をした煉瓦の建造物の中に巨大なブロンズ像《Miss Forest/森の子》の立体作品である「八角堂」、その「八角堂」を見渡しながら青森県の食材を生かした食事やスイーツも食べられるカフェ「4匹の猫」等があり、五感を超えた第六感が磨かれる空間で充実しています。</p>
<h3>三内丸山遺跡の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】三内丸山遺跡<br />
【<strong>住所</strong>】青森県青森市大字三内字丸山305<br />
【<strong>電話番号</strong>】017-766-8282<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
■青森駅前より青森市営バスで約30～40分<br />
（青森駅前にある「⑥青森市営バス乗り場」から乗車して30～40分後の「三内丸山遺跡前」で下車）<br />
■青森駅西口より「ねぶたん号（シャトル・ルートバス）」で約30～40分<br />
（青森駅西口にある「②番のりば」から乗車して30～40分後の「三内丸山遺跡前」で下車）<br />
【<strong>料金</strong>】一般は500円・大学生等は250円　高校生以下は無料<br />
【<strong>営業時間</strong>】9：00～17：00 ゴールデンウイーク中と6月1日～9月30日は18：00まで開館<br />
（入場は閉館の30分前まで）<br />
【<strong>定休日</strong>】毎月第4月曜日（祝日の場合は翌日） 12月30日～1月1日<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="https://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公式サイト<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>三内丸山遺跡の地図情報</h3>
<div class="ggmap"><iframe width="600" height="450" style="border: 0;" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m18!1m12!1m3!1d3019.862428983529!2d140.69525712485353!3d40.80901678702836!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x5f9b9f61c5ea830b%3A0x72c2553057cf0b09!2z5LiJ5YaF5Li45bGx6YG66Leh!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1779745090903!5m2!1sja!2sjp" allowfullscreen="allowfullscreen" loading="lazy" referrerpolicy="no-referrer-when-downgrade"></iframe></div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『世界遺産』北極星とレイラインの結界が守護する日光【東照宮】</title>
		<link>https://matrix-travel.net/toshogu</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 04 May 2025 15:00:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国内旅行]]></category>
		<category><![CDATA[関東地方]]></category>
		<category><![CDATA[パワースポット]]></category>
		<category><![CDATA[神社・仏閣]]></category>
		<category><![CDATA[栃木県]]></category>
		<category><![CDATA[国宝]]></category>
		<category><![CDATA[日本一]]></category>
		<category><![CDATA[結界]]></category>
		<category><![CDATA[重要文化財]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
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					<description><![CDATA[栃木県にある『世界文化遺産』に登録されてる世界的に有名な「日光東照宮」は、広い境内に55棟の建築物があり、そのうち8棟が「国宝」34棟が「重要文化財」に指定されている日本の最高技術が集約された神社で、日光東照宮のシンボル…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>栃木県にある『世界文化遺産』に登録されてる世界的に有名な「日光東照宮」は、広い境内に55棟の建築物があり、そのうち8棟が「国宝」34棟が「重要文化財」に指定されている日本の最高技術が集約された神社で、日光東照宮のシンボルで太陽が明るく輝くという意味を持つ「陽明門」を中心に「五重塔」などの歴史的建造物から「眠り猫」「三猿」「想像の像」などの有名な彫刻や霊廟等の見どころが多い観光スポットで、現在は『世界的に有名な太陽の聖地』として世界中から日光市で年間1000万人以上で日光東照宮には年間200万人近くの参拝者が訪れてます。</p>
<p>戦国の覇者である「徳川家康」が八州（日本全土）の鎮守として祀られた世界遺産の「日光東照宮」がある日光という地は、関東の比叡山とも呼ばれるほど古くから山岳信仰や修験道の霊場（パワースポット）だった場所で、比叡山延暦寺の創建よりも古い766年頃に「勝道上人」が男体山（二荒山）を開山してから、「弘法大師・空海」や「慈覚大師・円仁」などの名立たる高僧の来山伝説や日光を厚く信仰していて徳川家康が個人的にも尊敬している鎌倉幕府初代将軍「源頼朝」を中心に関東の一大霊場として栄えて、日本全国の東照宮の総本社である日光東照宮は「久能山東照宮」や「鳳来山東照宮」と共に『日本三大東照宮』の一つにも選ばれています。</p>
<h2>『世界文化遺産』に登録された日光の社寺</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu1.jpg" alt="『世界文化遺産』に登録された日光の社寺" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2357" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu1.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu1-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
平成11年（1999年）に「日光の社寺」が『世界文化遺産』に登録されましたが、対象となったのは、日光東照宮・日光二荒山神社・日光山輪王寺の二社一寺の建造物103棟（国宝9棟、重要文化財94棟）と周辺にある日光の自然環境が形成する文化的景観が世界的に高く評価されて『<strong>世界文化遺産</strong>』登録されました。</p>
<p>徳川家康の黒衣の宰相である「崇伝」の『本光国師日記』に「死後は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺に位牌を納め、一周忌が過ぎてから、下野の日光山に小さな堂を建てて勧請せよ、神として祀られることによって八州（日本全土）の鎮守となろう」という言葉から、徳川家康公らしく権威を誇示するためではない小さな堂を二代目将軍の「秀忠」が建てられましたが、祖父である家康を尊敬していた三代目将軍の「家光」によって現代の様な豪華絢爛に改修されて、平成11年（1999年）に日本で十番目の『世界遺産』として登録されました。</p>
<p><strong>「日光の社寺」が『世界遺産』として評価された理由</strong>は、「建造物の多くが17世紀の日本を代表する天才的な芸術家の作品であり、高い芸術的価値を持つこと」や「日光東照宮と三代目将軍・家光の霊廟である大猷院（たいゆういん）は、近世宗教建築の代表例であり、日本の古い建築様式の重要な見本となること」に加え「日光山内は、江戸時代の政治体制を支える重要な歴史的な史跡であり、周辺の自然環境と一体となった文化的景観の顕著な事例であること」が世界的に高く評価されました。</p>
<p>日光には世界遺産の「日光の社寺」以外にも一日では全部行けない程の多くの観光スポットがあり、その中でも『日本三大名瀑』で日光修験道の最高パワースポットである「<a href="https://matrix-travel.net/kegontaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">華厳の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」や江戸時代に発見されてから日光詣の大名や僧侶たちも利用したと伝わる「鬼怒川温泉」は世界的にも有名で、日光という地は、江戸期から日光東照宮の門前町として賑わい「日光を見ずして結構と言うことなかれ」と言われるほど日本有数の観光地・景勝地として現代にも紡がれ続けています。</p>
<h2>北極星と北斗七星とレイラインの結界</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu2.jpg" alt="北極星と北斗七星とレイラインの結界" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2358" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu2.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu2-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
日光東照宮は、江戸幕府の初代将軍である「徳川家康」を神格化した「東照大権現（とうしょうだいごんげん）」と左右に「山王神（豊臣秀吉）」「摩多羅神（源頼朝）」が祀られた神社で、東照大権現の御神号は、朝廷から出された４つの案である「霊威」「日本」「東光」「東照」から徳川家康の黒衣の宰相である「<strong>慈眼大師・天海</strong>」が東照の案と大権現の神号を採択したとされ、太陽が昇る方角の「東」と天照大御神を意識した「照」を冠して、「夜明けの太陽のように世界をあまねく照らす偉大な神」の意を表したと伝わってます。</p>
<p>自然に恵まれた景勝地である日光という地名は、「<strong>弘法大師・空海</strong>」が過去・現在・未来の全てに存在する、万物を総該した無限宇宙の全一である「大日如来（だいにちにょらい）」の光が照らされるように、この地を二荒から日光という名にしたと伝承され、日光が江戸の真北にあることから宇宙を取り仕切る神で不動の星と呼ばれる「<strong>北極星</strong>」も日光東照宮の守護神で、北極星は、天空にある宇宙の中心にある神から名前の通り「天之御中主神（アメノミナカヌシ）」や北辰信仰から「妙見菩薩」と同一視され、平和な世を築くために「徳川家康」が宇宙を取り仕切る神である北極星と一体化して、死後も天空の宇宙から日本全土を見守り続けたいという想いが込められています。</p>
<p>元はシリウス系だった説もある海人族が信仰していた北極星以外にも日光には「<strong>北斗七星</strong>」の結界もあり、「星の宮」「四本龍寺（紫雲立寺）」「輪王寺」「慈眼堂」「大猷院（たいゆういん）」「二荒山神社」「東照宮本社」の七つを結ぶと北斗七星型の配置になることで知られ、最強の結界師でもある「慈眼大師・天海」と関係が深い比叡山の守護神とされる「日吉大社」や江戸・東京にある「平将門の結界」も北斗七星型配置と関係があったとされ、ただ偶然に並んでいるのではなく、山王一実神道の奥義等を使い計画的に配置されたと云われています。</p>
<p>日光東照宮には他にも「<strong>レイライン</strong>」の結界が複数あり、有名なものでは北極星と日光東照宮と江戸城を結ぶ「北辰の道」、日光東照宮と世良田東照宮と富士山（不死山）と久能山東照宮を結ぶ「不死の道」、久能山東照宮と鳳来山東照宮と岡崎城を結ぶ「太陽の道」があり、家康が生まれた城である「岡崎城」の真北には大樹寺があり、東の太陽が昇って沈むを無限に繰り返す「死と再生」や、仏教では東西ラインは「輪廻転生」も象徴しているとされて、この日光東照宮の太陽の「<span class="sc_marker-animation red">日（火）の結界</span>」と現在の東京23区にも江戸川区・荒川区・品川区と区名が川に由来する区が3つもあるように、明治・戦後以降に埋め立てられる前までは江戸・東京は「水の都」と称されて、海へと続く螺旋の「<span class="sc_marker-animation blue">川（水）の結界</span>」もあり、日（火）と水の究極の神界が300年近い平和な時代が続いて世界最大の都市と呼ばれる江戸を護ってきました。</p>
<h2>優れた耐震構造を誇る【五重塔】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu3.jpg" alt="優れた耐震構造を誇る【五重塔】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2360" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu3.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu3-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
日光東照宮入口である表門の前で『日本三大石鳥居』の一つでもある石鳥居の左手にある「五重塔」は、慶安3年（1650年）に若狭国（福井県）の小浜藩主・酒井忠勝が寄進したもので、東照宮境内にある木造建物の中では大名が寄進された唯一のものでしたが、江戸時代末期の文化12年（1815年）に焼失してしまい、その3年後の文政元年（1818年）に忠勝の子孫である酒井忠進により再建されました。</p>
<p>日光東照宮の五重塔は、高さが36mで、内部は吹き抜け構造で、中心を貫く心柱は四階部分から吊り下げられ、最下部では礎石の穴の中で10cm宙に浮いている構造で、これは東京スカイツリーの心柱の構造と同じで、地震の際に建物の揺れを軽減するために設計された優れた耐震構造が現代でも非常に高く評価されています。</p>
<p>五重塔の第一層には、方位を表す十二支の動物と季節にちなんだ図柄の彫刻が東西南北の四面に三体ずつ施されており、正面には徳川三代将軍の干支である、徳川家康の「寅（虎）」徳川秀忠の「卯（兎）」徳川家光の「辰（龍）」が偶然にも徳川家康の干支の「寅（虎）」から右から順序通りに並んでいて、十二支の中でも強者の双璧と呼ばれる「龍虎」が揃っています。</p>
<h2>仁王像が守護する東照宮の入口【表門】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu4.jpg" alt="仁王像が守護する東照宮の入口【表門】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2362" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu4.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu4-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
日光東照宮の入場口である「表門」は、正面の左右に身長4メートルに及ぶ「阿吽（あうん）の仁王像」が安置されたことから「仁王門」とも呼ばれていましたが、明治4年に実施された「神仏分離令」によって、仁王像は日光山輪王寺の「大猷院（たいゆういん）」に移転させられ、門の正式名称の「表門」に変わってしまいましたが、明治30年に崇敬者達の要望も多くあったことで再び仁王像が表門に戻されました。</p>
<p>力強い仁王像と魔除けの霊獣に護られた重要文化財の「仁王門」には、麒麟や唐獅子などの霊獣や「徳川家康」の干支である虎など82体の彫刻があり、中でも悪夢を食べる霊獣で知られる「獏（バク）」は天下泰平のシンボルとされ、獏は鉄や銅も食べるとされており、戦争の時は鉄や銅を武器に使ってしまうため食料がなく生きていけませんが、平和な時代になり鉄や銅を武器として使わない時代は、獏の食料があり生きていけるので、天下泰平のシンボルの一つで徳川将軍家の平和への想いが込められた重要な彫刻とされています。</p>
<p>この表門の先からは拝観料が必要で、日光東照宮単独拝観券の料金は「大人と高校生は1600円・小学生と中学生は550円」で、宝物館も行く予定の方はセット料金で「大人と高校生は2400円・小学生と中学生は870円」もあり、若干ですがお得に買うこともできます。</p>
<h3>三猿が有名な五角形の馬屋【神厩舎】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu5.jpg" alt="三猿が有名な五角形の馬屋【神厩舎】" width="650" height="433" class="alignnone size-full wp-image-2363" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu5.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu5-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿の彫刻が有名な五角形の馬屋である「<strong>神厩舎（しんきゅうしゃ）</strong>」は、神に仕える神馬（しんめ）のための建物で、初代の神馬は、徳川家康が関ケ原の戦いで乗った馬で知られ、雄の白馬に限定された関ケ原の戦いで乗った馬の子孫が現在も神厩舎で仕えてます。</p>
<p>神厩舎の長押上にある猿の彫刻は全部で8面あり、一番左から「母子の猿（母の愛）」「三猿（幼年期）」「坐っている猿（独り立ち前）」の3面から一段上がって「天を仰ぎ見る猿（青年期）」「下を見る猿（挫折と慰め）」正面から右の面に「物思いにふける猿（恋煩い）」「結婚した猿（人生の荒波・愛が実る）」「子を授かる猿（喜びと平和）」が刻まれ、8面から又1面の「母子の猿（母の愛）」に戻る無限に続く物語ともされ、猿の物語の彫刻を通して人間の一生が風刺されています。</p>
<p><strong>馬屋に猿の彫刻が刻まれている理由</strong>は、古来から猿は馬を病気から守るとされ、陰陽五行説の五行を十二支で当てはめてみると、馬は「火」の盛んなところを表していて、猿は「水」の始めを表しているため、<span class="sc_marker-animation blue">水</span>が<span class="sc_marker-animation red">火</span>を護るという関係性で猿が馬の守護神となってるとされ、他にも五角形をしている馬屋の形は、神社で願いを書いて奉納する「絵馬」の五角形の形の元でも知られています。</p>
<h2>日光東照宮のシンボル【陽明門】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu6.jpg" alt="日光東照宮のシンボル【陽明門】" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2365" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu6.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu6-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
日光東照宮のシンボルである「<strong>陽明門（ようめいもん）</strong>」は、太陽が明るく輝くという意味を持つ日本で最も美しい門と称され、陽明門の名は、現在の京都御所である「宮中」にある十二門のうち、太陽が昇る方角である東の正門から賜ったと伝えられ、日光東照宮の御祭神である徳川家康公の御神号「東照大権現」とも符合しています。</p>
<p>2017年に修復が完了してより一層輝きを増した「陽明門」は、高さが11.1mの二層構造で、間口が7mで奥行きは4.4mを誇り、江戸時代初期の彫刻・飾金具・彩色など、あらゆる工芸・装飾技術の集大成で、門を埋め尽くすかのような膨大な数の彫刻は一日中眺めても見飽きないため別名で「日暮らしの門」とも呼ばれています。</p>
<p>日光東照宮の社殿は55棟あり、彫刻は全部で5173体ありますが、そのうち陽明門には508体もの彫刻が施され、「鳳凰」や「麒麟」などの霊獣から「牡丹」や「菊」などの花や直物、「子供」や「仙人」などの人の彫刻があり、一番上には「鬼瓦」と呼ばれる邪悪な者が門の中に侵入しないように見張ってるとされ、中でも子供たちが笑顔で楽しそうに遊ぶ彫刻には深いメッセージが込められ、小さい頃から苦労の連続だった家康公が戦国の世を終わせて、江戸時代からは未来への希望が明るくて子供たちが安心して遊べるようになった平和な世を象徴しています。</p>
<h3>陽明門の天井に描かれた二神の龍【雲竜図】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu7.jpg" alt="陽明門の天井に描かれた二神の龍【雲竜図】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2366" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu7.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu7-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
陽明門の中にある通路の天井には二面の龍の「<strong>雲竜図（うんりゅうず）</strong>」が描かれていて、四方睨みの竜と呼ばれる天からの「降り龍」360度見渡す八方睨みの竜と呼ばれる地からの「昇り龍」の二神が描かれ、初代の絵は江戸最高の天才画師と呼ばれる「狩野探幽（かのうたんゆう）」とその画派が描いたとされ、狩野探幽は日光東照宮の三神庫にある「想像の像」の彫刻の下絵を描いたことで知られ、陽明門の中央で四方の中心にある黄金の天井に描かれた二面の龍は、太陽と同じように春分に天に昇り、秋分に地に潜むと云われています。</p>
<p>陽明門の正面にある左右の柱には、門の守護役とされる「<strong>随身像（ずいしんぞう）</strong>」が二体安置されていますが、随身像とは貴族の外出時に護衛と威儀を兼ね随行した近衛府の官人を表した像で、この左右にある二体の随身像には、織田木瓜紋（おだもっこうもん）や桔梗紋（ききょうもん）に似た家紋が刻まれていることから「織田信長」や「明智光秀」と関連があるとされ、門の反対側の左右の柱には、宇宙万物の始まりと終わりを表す「阿吽（あうん）の獅子像」も安置されています。</p>
<p>陽明門をくぐった左手奥にある社殿には「<strong>神輿舎（しんよしゃ）</strong>」もあり、中には葵紋（あおいもん）、巴紋（ともえもん）、抱茗荷紋（だきみょうがもん）が付いた三基の神輿が納められていて、三基の神輿には、東照宮の主祭神である「徳川家康（葵紋）」と配祀神に「豊臣秀吉（巴紋）」「源頼朝（抱茗荷紋）」が乗って並び、神輿舎の建物内部の天井には、日本の天女の絵の中でも最高峰と呼ばれ、日本一の美人の天女という別称を持つ「天女奏楽（てんにょそうがく）の図」があります。</p>
<h3>陽明門の反対側に刻まれた【魔除けの逆柱】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu8.jpg" alt="陽明門の反対側に刻まれた【魔除けの逆柱】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2367" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu8.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu8-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
陽明門の反対側には「<strong>魔除けの逆柱</strong>」と呼ばれる、正面から向かって右から二番目の柱だけは「輪文（ぐりもん）」と呼ばれる渦巻のような彫刻が逆向きになっていて、これは陽明門のあまりの美しさに魔が差さないようするための魔除けの意味と、建物は完成と同時に崩壊が始まるとされ、あえて一か所だけは未完の状態にしておくことで建物の崩壊と災いが起こることを避けていると考えられています。</p>
<p>魔除けの逆さ柱の他にも、参拝者が水で手や口を清めるための「御水舎（おみずしゃ）」の屋根の上にある四つある角の内の三つは尖っているのに対して、正面から左上にある角の一つは先端が切られている部分があることや、「上神庫（かみじんこ）」にも装飾として空けられた穴の一か所だけが大きく作られています。</p>
<p>これは、徳川家康公の遺訓で「及ばざるは過ぎたるよりまされり」とありますが、意味は「足りない位のほうが完璧すぎるよりも良い」ということで、あえて一か所ぐらいは不完全な部分を残すことで日光東照宮を後の世にも平和が続く日本として永遠に残そうという天下泰平への想いも込められています。</p>
<h2>国宝の唐門と御神体を祀る【御本社】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu9.jpg" alt="国宝の唐門と御神体を祀る【御本社】" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2369" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu9.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu9-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
御神体を祀る日光東照宮で最も重要な社殿と呼ばれる「御本社」の正門である国宝の「<strong>唐門（からもん）</strong>」は、西の側面に大黒天や弁才天などの「七福神」や俗世を避けて竹林の中で清談して時を過ごした「竹林の七賢人」なども見られ、小さな花形文様などを含めると611の彫刻があり、左右の門柱には波の地紋彫りが施され、その上から紫檀や黒檀で寄せ木細工されて、左側に「昇龍（のぼりりゅう）」右側に「降龍（くだりりゅう）」が描かれてます。</p>
<p>拝殿・石の間・本殿からなる国宝の「<strong>御本社（ごほんしゃ）</strong>」は、拝殿屋根の正面に徳川家康の干支にちなんだ「寅（虎）」の彫刻、虎の下方の左右には三代目将軍・家光の干支である「辰（龍）」の彫刻、唐門の背面には二代目将軍・秀忠の干支の「卯（兎）」の彫刻が刻まれています。</p>
<p>拝殿の中の天井には、狩野探幽と一門が制作したとされる一頭ずつが異なったデザインの100頭もの龍が描かれ、法親王着座の間の杉戸には、有徳ある王者の治世に出現する霊獣「白沢（はくたく）」、将軍着座の間の杉戸には、平和な時代に出現する霊獣「麒麟（きりん）」が描かれています。</p>
<p>石の間は、人の世界（拝殿）と神の世界（本殿）を繋ぐ重要な空間とされ、日光東照宮の中で最も神聖とされる「本殿」は、一般の参拝客の入室はできなくて内部のことは深秘として口外することが禁止され、神職の方でも祭礼や御煤祓いの際にしか入ることができませんが、内側は石の間側から順に、幣殿（外側）、内陣、内々陣の3室で構成され、「御神体」は最奥の内々陣に祀られてます。</p>
<h2>平和を象徴する国宝の彫刻【眠り猫】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu10.jpg" alt="平和を象徴する国宝の彫刻【眠り猫】" width="650" height="444" class="alignnone size-full wp-image-2370" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu10.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu10-300x205.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
日光東照宮の数ある彫刻の中で最も有名で、平和を象徴する国宝の彫刻である「<strong>眠り猫</strong>」は、落語や講談にも登場する伝説の名匠と呼ばれる「左甚五郎（ひだりじんごろう）」作と伝えられて、日の光を浴びて牡丹の花が咲く場所でうたた寝しているところから「日光」に因んで彫られたとも云われ、この眠っている猫の彫刻は、日（火）の聖地で平和な世をもたらした「東照大権現（徳川家康）」を祀る日光東照宮にしか存在してないとされています。</p>
<p>眠り猫の彫刻の背面には、「竹林に遊ぶ雀（すずめ）」の彫刻がありますが、天敵とされる「猫」と「すずめ」が同じ場所で共存していて、猫の近くでも雀が伸び伸びと羽ばたいて笑って楽しそうに遊んでいる彫刻から「戦乱の世が終わり、天下泰平の世が訪れた」ことが表され、260年以上という世界的にも長期的な平和だった時代を象徴しています。</p>
<p>また「眠り猫」は、眠ったように見せかけて、悪意のある者や邪悪な者がある一線を越えた時にはいつでも全力で飛び掛かれるように常に見張っているともされ、眠り猫の彫刻の近くにある「開かずの門」の先にある東照大権現（徳川家康）の墓所がある「奥社（奥宮）」に通じる場所を現在でも守護しているとも云われています。</p>
<h2>東照大権現（徳川家康）の墓所【奥社（奥宮）】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu11.jpg" alt="東照大権現（徳川家康）の墓所【奥社（奥宮）】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2372" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu11.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu11-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
東照大権現（徳川家康）の墓所がある「日光東照宮の奥社（奥宮）」は、銅鳥居、銅神庫、拝殿、鋳抜門、宝塔からなる神聖な場所で、「開かずの門」の先にある207段の一枚岩で作られた石段を全て登らないと辿り着くことができませんが、登り詰めた先に建っている青銅の鳥居をくぐると、右手に江戸時代には家康の位記や宣旨などの文書や甲冑などの神宝がしまわれていた御宝蔵とも呼ばれる「銅神庫」があります。</p>
<p>更に石段の先の正面には「拝殿」があり、建物全体が真鍮や銅の板で覆われ、その上から黒漆が塗られた拝殿の中には、金箔押しが施された柱や極彩色の「鳳凰（ほうおう）」が随所に描かれていて、拝殿の裏辺りにある青銅製の「鋳抜門（いぬきもん）」は、一番重要とされる奥社の「宝塔」を護る高さ3.4mの門で、左右に狛犬、門の屋根上には龍に似た霊獣である「蜃（しん）」があり、扉以外の柱や梁なども全て一つの鋳型で鋳造されています。</p>
<p>日光東照宮の頂上で奥社（奥宮）の最奥に鎮座する東照大権現（徳川家康）の墓所である「<strong>宝塔（ほうとう）</strong>」は、長い間一般人は立入禁止の聖域でしたが、昭和40年（1965年）に東照宮350年祭を機に一般に公開され、当初は木造で、後に石造に改められましたが、天和3年（1683年）の地震で破損したため現在の唐銅製（金・銀・銅の合金）に造り替えられたとされ、8角形が5段の基壇の上に更に青銅の3段があり、合わせて「8角」「8段」の上に宝塔が乗せられています。</p>
<p>宝塔の前には、鶴と亀の燭台、唐獅子の香炉、花瓶からなる三具足が据えられて、中でも「鶴（五角形）と亀（六角形）の彫像」は、わらべ歌の「かごめかごめ」の歌に隠されてる徳川埋蔵金の場所やワンピースの正体（ひとつなぎの大秘宝）と関連があると噂され、宝塔のそばにそびえる『<strong>日光の隠れ開運パワースポット</strong>』と呼ばれる「叶杉（かのうすぎ）」は、樹齢が約600年を超える古木で、幹のほこらに祈願すると願い事が叶うとされています。</p>
<h3>光の八咫烏の意志を継ぐ徳川将軍家</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu12.jpg" alt="光の八咫烏の意志を継ぐ徳川将軍家" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2374" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu12.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/05/toshogu12-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
太陽の化身とされる八咫烏には、賀茂氏・饒速日命(物部氏)・南朝・北朝など複数あるとされてますが、その数ある中でも歴史が相当古く、縄文神道・修験道・密教・陰陽道を極める「<strong>役小角（迦毛之大御神・地氏系賀茂氏</strong>）」系列の意志を継ぐのが日光修験道の開祖である「勝道上人」で、日光二荒山神社の御神体山である男体山（二荒山）は、古くは「補陀洛山（ふだらくさん）」と呼ばれてたことから熊野三山の「<a href="https://matrix-travel.net/nachinotaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">那智の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」と繋がりがあり、明治時代の神仏分離の前までは「日光東照宮」と一体だった二荒山神社の御祭神に「味耜高彦根命（アヂスキタカヒコネ）」別名で「迦毛之大御神（かものおおみかみ）」が祀られていることからも古くから日光という地が賀茂氏（八咫烏）と深い繋がりがあるのが分かります。</p>
<p>この民衆の味方側でもある地氏系賀茂氏系列の「八咫烏（迦毛之大御神）」の血統と意志を継ぐのが「徳川将軍家」とその家臣団たちで、江戸の街は類いまれな知恵と創意工夫によって「五行（木火土金水）」が調和した理想の都で、自然豊かな大きな庭園が数多くあって、日本を象徴する火山の富士山が見える場所が多くて、生活ごみを資源として堆肥に利用する循環社会で、日本刀などの武具は美術品に変わり、江戸城下は各地に水路が張り巡らされ、水運も発達してた世界で最も治安が良かった世界最大の都市と呼ばれ、外国勢力との大規模な戦争や国内での大きな争いもなく自然と共存した平和な国家が260年以上も続きました。</p>
<p>このような八百万の神や自然と調和した平和な時代が260年以上も続いた国は世界の歴史上でも日本の「縄文時代」と「江戸時代」ぐらいしかないと言われていますが、西洋の悪霊に操られた「明治維新の悪人」たちの暴力革命によって約700年間続いた日本の原住民の伝統文化と呼ばれる「武家政治」が終わり、民衆の味方側でもある「光の八咫烏の系譜」は明治政府によって一度完全に封印されてしまいましたが、再び縄文時代や江戸時代のように大自然への感謝や大切さを思い出して、一人一人が救世主の1人であると自覚し使命と責務を果たした時に土壇場で世界がひっくり返って、夜明けの太陽の日が再び昇って世界をあまねく照らす「<strong>弥勒（369）の時代</strong>」が日出づる国の日本から到来するのかもしれません。</p>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p><strong>日光東照宮の観光所要時間</strong>は、「2時間以内」で全部拝観することができますが、日光東照宮以外にも「日光二荒山神社」や「日光山輪王寺」などの社寺が周辺に多数あり、日光東照宮周辺だけで一日中楽しめる観光スポットになっています。</p>
<p>日光東照宮のシンボルである陽明門の鳥居の前の一番奥の端にある三角から横に2歩、縦に2歩の場所は、不動の星と呼ばれる北極星・徳川家康の墓所・日光東照宮の御本社・鳥居と陽明門の中央・江戸城が一直線に並ぶ『<strong>日光最大級の開運パワースポット</strong>』で知られてます。</p>
<p>陽明門の手前の左手にある「本地堂」には「鳴竜（なきりゅう）」と呼ばれる、本地堂の内陣天井に描かれた巨大な竜の絵の頭の下に立って手や拍子木を打つと、天井と床が共鳴して竜の鳴き声のような反響音が聞こえる神秘的なお堂もあります。</p>
<p><strong>日光東照宮周辺にある他の観光スポット</strong>は、徳川家康公と日光東照宮をテーマにした、名刀「勝光宗光」などの刀剣類や奉納品が展示している「日光東照宮宝物館」や日光山内の入口に架かる木造朱塗りの美しい橋である「神橋（しんきょう）」から、奥日光側には、自然の湖としては日本一の標高を誇る「中禅寺湖」や『日本三大名瀑』で日光修験道の最高パワースポットである「<a href="https://matrix-travel.net/kegontaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">華厳の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」など、山や湖や滝など森羅万象に囲まれた日光という地は、五行（木火土金水）が調和した季節の彩を五感で感じられるスポットで充実しています。</p>
<h3>日光東照宮の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】日光東照宮<br />
【<strong>住所</strong>】栃木県日光市山内2301<br />
【<strong>電話番号</strong>】0288-54-0560<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
■JR東武日光駅より世界遺産めぐりバスで8分<br />
（世界遺産めぐりバスで約8分の「表参道」バス停下車から徒歩4分）<br />
■JR東武日光駅より東武バスで9分<br />
（東武バス、中禅寺温泉行きで約9分の「西参道入口」バス停下車から徒歩9分）<br />
【<strong>料金</strong>】「日光東照宮単独拝観券」大人と高校生は1600円・小学生と中学生は550円<br />
【<strong>営業時間</strong>】<br />
4月～10月 9：00～17：00<br />
11月～3月 9：00～16：00<br />
（受付は閉門30分前に終了します）<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="https://www.toshogu.jp/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公式サイト<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>日光東照宮の地図情報</h3>
<div class="ggmap"><iframe width="600" height="450" style="border: 0;" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m18!1m12!1m3!1d3196.5199562777957!2d139.59616631069605!3d36.75809206995755!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x601fa6c553212035%3A0xab505b717af00e94!2z5pel5YWJ5p2x54Wn5a6u!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1746188242715!5m2!1sja!2sjp" allowfullscreen="allowfullscreen" loading="lazy" referrerpolicy="no-referrer-when-downgrade"></iframe></div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『日本三大名瀑』で日光修験道の最高パワースポット【華厳の滝】</title>
		<link>https://matrix-travel.net/kegontaki</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 08 Jun 2023 15:00:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国内旅行]]></category>
		<category><![CDATA[関東地方]]></category>
		<category><![CDATA[日本の絶景・夜景]]></category>
		<category><![CDATA[パワースポット]]></category>
		<category><![CDATA[日本一]]></category>
		<category><![CDATA[展望台]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[心霊スポット]]></category>
		<category><![CDATA[日本三大神滝]]></category>
		<category><![CDATA[日本三大名瀑]]></category>
		<category><![CDATA[栃木県]]></category>
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					<description><![CDATA[栃木県の奥日光にある華厳の滝は、約2万年前に男体山の噴火で流れ出した溶岩が川を堰き止め、自然に創造された中禅寺湖の水が巨大な岩崖から一氣に落下する名瀑のことで、奈良時代後期に下野国（栃木県）出身で日光修験道の開祖である「…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>栃木県の奥日光にある華厳の滝は、約2万年前に男体山の噴火で流れ出した溶岩が川を堰き止め、自然に創造された中禅寺湖の水が巨大な岩崖から一氣に落下する名瀑のことで、奈良時代後期に下野国（栃木県）出身で日光修験道の開祖である「<strong>勝道上人</strong>」が男体山（二荒山）を開山された際に発見されました。</p>
<p>男体山を始めとした日光三山は、古くから神がいる山として敬われ、男体山（新宮権現）・女峰山（滝尾権現）・太郎山（本宮権現）を日光三所権現として、神仏習合から「大己貴命（饒速日命）=十一面千手観音=大黒天」「田心姫（瀬織津姫）=阿弥陀如来=大弁財天女」「味耜高彦根命（迦毛大御神）=馬頭観音=毘沙門天」を本地仏（本来の仏の姿）で表した、<strong>日光修験道の関東随一の霊場（パワースポット）</strong>とされてきました。</p>
<p>日光修験道の行場として扱われた「日光48滝」や「日光72滝」、小さなものを含めると100以上もある日光の滝を代表する『日光三名瀑（華厳ノ滝・裏見ノ滝・霧降ノ滝）』や『奥日光三名瀑（華厳ノ滝・竜頭ノ滝・湯滝）』の中でも最も重要な「<strong>一ノ瀧</strong>」と呼ばれ、現在は『<strong>日本三大名瀑（華厳の滝、那智の滝、袋田の滝）</strong>』の一つにも選ばれています。</p>
<h2>日光修験道の最高パワースポット</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki1.jpg" alt="日光修験道の最高パワースポット" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2106" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki1.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki1-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
華厳の滝がある日光山一帯は、光の導きの神である八咫烏（賀茂建角身命・地祇系賀茂氏）の血統を継ぐ神仙「<strong>役小角（えんのおづの）</strong>」が創始した修験道の流れを汲む日光修験道の開祖「勝道上人」が、766年に弟子とともに男体山の麓に四本龍寺（紫雲立寺）を建設して、ここを拠点として霊峰男体山（二荒山）へ挑戦し、十七年の幾多の苦難を乗り越えて頂上に到達し、男体山登拝口近くに補陀落山中禅寺（現在の二荒山神社中宮祠）を創設しました。</p>
<p>この補陀落山（ふだらくさん）中禅寺から男体山を二荒山（ふたらさん）に訛って呼び変わり、820年に縄文系（月）の蝦夷（佐伯部）と太陽の神格を持つ饒速日命の直系（阿刀氏）の両方の血統を受け継ぐ大聖「<strong>弘法大師・空海</strong>」が二荒山に来山し、女峰山に滝尾権現（瀬織津姫）を祀った際に「二荒」を「にこう」と読み、「日光」の字と、万物を総該した無限宇宙の全一である「大日如来（だいにちにょらい）」の永遠の光が照らされるように、この地を二荒から日光という名にしたと伝承されています。</p>
<p>その後の848年に下野国（栃木県）出身で日光山霊峰に対しての崇敬の念が厚く、金龍が守護する東京を代表する観光スポットの「<a href="https://matrix-travel.net/sensoji" target="_blank" rel="noopener noreferrer">浅草寺<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」と深い縁がある慈覚大師「円仁」が巡錫（じゅんじゃく）し、鎌倉時代には鎌倉初代将軍「源頼朝」を始めとする源氏達の信仰を集め、日光山を関東の護りとするなど、山岳信仰や滝籠り修行の正統な霊場として日光山修験や密教などで盛んになりました。</p>
<p>江戸時代からは日光山第53世貫主でもある「<strong>慈眼大使・天海</strong>」によって山王一実神道の下で東照大権現（徳川家康）が「日光東照宮」に祀られ、日本全土を護る平和の神として260年以上という世界的にも長期の平和を維持しましたが、明治時代の神仏分離・廃仏毀釈の影響で日光山は「東照宮」「二荒山神社」「満願寺」に分けさせられ、修験道や密教なども大幅に抑圧されてしまいましたが、昭和時代に東武日光線が開通してからは、華厳滝エレベーターの開業や48音のカーブ「いろは坂」の開通などで、関東の一大観光スポットとして賑わいを取り戻し始めています。</p>
<h2>日本三大名瀑で日本三大神滝【華厳の滝】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki2.jpg" alt="日本三大名瀑で日本三大神滝【華厳の滝】" width="650" height="974" class="alignnone size-full wp-image-2108" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki2.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki2-200x300.jpg 200w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
華厳の滝は<strong>日本三名瀑</strong>（<a href="https://matrix-travel.net/nachinotaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">那智の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>、華厳の滝、袋田の滝）と<strong>日本三大神滝</strong>（<a href="https://matrix-travel.net/nunobikinotaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">布引の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>、華厳の滝、那智の滝）の両方に選ばれた滝で、落差が97mで、上部で幅が約10m、滝壺の深さは約20mあり、中禅寺湖から大尻川（大谷川）を流れ出た毎秒3tの水が一氣に落下する「<strong>日光五大名瀑を代表する滝</strong>」です。</p>
<p>華厳の滝という名は、発見当初は「江尻滝」と呼ばれ、干ばつの際には雨乞いの祈祷の場として重宝されていましたが、後に経典『華厳経（けごんきょう）』が由来で名が変わったのが定説になってますが、820年に弘法大師「空海」の弟子である真済（しんぜい）が建てられた「法華密厳寺」が華厳寺だとされ、その寺の近くにあったことから「華厳滝」と呼ぶようになった説と『日光山堂社建立記』には、春に滝の岩上にヤシオツツジが茂り、華麗に滝を飾っている表現から名付けられたとも云われています。</p>
<p>滝上にある華厳滝展望台から無料で華厳の滝を見下ろすことができますが、華厳滝エレベーターを使えば、正面からより華麗で荘厳さを感じ取ることができますので、エレベーター（有料）を利用して正面から眺めることをお勧めします。</p>
<h2>滝を正面から眺める【華厳滝エレベーター】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki3.jpg" alt="華厳滝エレベーター" width="650" height="463" class="alignnone size-full wp-image-2110" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki3.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki3-300x214.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
華厳滝エレベーターは、往復の料金が大人（中学生以上）600円、小学生400円で、幼児（小学生未満）は無料で利用できて、30名程が乗れる2基のエレベーターで1分程降り、トンネルを抜けた先から「華厳の滝」を正面間近に見ることが出来ます。</p>
<p>華厳の滝は8世紀後半に日光修験道の開祖「勝道上人」が発見されましたが、『日光山志』には、江戸時代までは「滝見物は容易ではなく、はるか手前の断崖に突き出た岩上まで、危険な岩場を這い下り、木にしがみついて上から眺めていた」という記録が残っていて、安易に正面からは見ることができませんでしたが、1900年（明治33年）に星野五郎平が、7年もの歳月をかけて滝壺近くに茶屋を開いたことで、初めて滝を間近で眺められるようになったとされています。</p>
<p>その後1930年（昭和5年）から華厳滝エレベーターが開業し、一時は岩盤が落下する事故などもありましたが、後に「華厳滝観瀑台」まで安定して行くことが可能になり、現在は華厳滝エレベーターで100m下を片道1分で降りて、華麗で迫力満点の滝つぼを正面から眺められるようになりました。</p>
<h3>神秘さと迫力を感じる【華厳滝観瀑台】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki4.jpg" alt="神秘さと迫力を感じる【華厳滝観瀑台】" width="650" height="435" class="alignnone size-full wp-image-2112" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki4.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki4-300x201.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
3階建ての華厳滝観瀑台からは、「<strong>十二滝</strong>」という糸のような小さな滝が囲むように流れていて、安山岩と集塊岩の四層には「柱状節理（ちゅうじょうせつり）」と呼ばれる巨大な溶岩壁が広がってますが、柱状節理とは、男体山の噴火で流出した溶岩が、風や水などで冷えて固まり形成された「五角形」や「六角形」などの多角柱のことで、天然記念物にもなっている荘厳な岩壁と滝との融和した絶景が「華厳の滝」の神秘さや迫力をより高めています。</p>
<p>「<a href="https://matrix-travel.net/nachinotaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">那智の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」などと共に『<strong>世界百名瀑</strong>』にも選ばれてる華厳滝は、1986年に滝の落ち口にある岩が大規模に崩壊したことで景観が若干変わってしまったこともあり、現在は上流にある中禅寺ダムによって水量が調節されていますが、冬は水量が少なめで、夏が最も多く、台風などの後は最大で毎秒90t以上にもなり、風が強い日は水しぶきが観瀑台まで届く程の迫力で、運（ツキ）が良ければ、カモシカ等の動物、ヤシオツツジ等の花、イワツバメやオオルリ等の鳥も見ることができて、晴天の日に太陽の光が差し込むと、綺麗な虹がかかる絶景も見ることができます。</p>
<p>華厳滝観瀑台の1階には華厳の滝限定の商品が購入できるお土産屋があり、観瀑台の外階段から下側を覗いて見ると、華厳滝と十二滝が合流して流れ落ちた先に「<strong>涅槃（ねはん）の滝</strong>」と呼ばれる滝があり、エレベーターを乗って来なければ眺められない落差が20mの直瀑で、無限に繰り返す「死と再生」の輪廻から解放された状態を示した名が刻まれています。</p>
<h3>冬限定の氷瀑の自然美【ブルーアイス】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki5.jpg" alt="冬限定の氷瀑の自然美【ブルーアイス】" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2114" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki5.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki5-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
華厳の滝は冬の季節限定で、ブルーアイスと呼ばれる白龍のような自然の雪化粧が美しい氷瀑も見ることができ、<strong>華厳滝の氷瀑が見れる時期</strong>は「毎年1月の下旬～2月の上旬」とされ、水量が少なくなった滝が完全に凍った姿を見るには、早朝の時間帯で気温が特に冷え込む日という条件が必要になります。</p>
<p>また光があれば闇もあり、明治維新による武家政治の崩壊と神仏分離・廃仏毀釈で修験道と陰陽道は徹底的に弾圧され、日本を護っていた侍もいなくなった世のせいか、日本全体に負のエネルギーや悪霊が跋扈し、明治36年には、エリート高校生の藤村操が『巌頭之感（がんとうのかん）』という遺書を残して、華厳滝から飛び降りる悲劇的な事件が起きました。</p>
<p>その後数年のうちに藤村に追随する者が相次ぎ、その影響で日光の大切な聖地が貶められるように、<strong>心霊スポット</strong>という悪評が立ってしまいましたが、昭和41年にエレベーターのトンネル通路に石碑が立ち「華厳の岩頭の露と散った幾多の霊に対し心から冥福を祈って此処にこの像を捧ぐ」と幾多の霊の成仏のためと二度とこのような悲劇的な事件が起きないようにメッセージが刻まれています。</p>
<h2>日本一高い場所にある自然の湖【中禅寺湖】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki6.jpg" alt="日本一高い場所にある自然の湖【中禅寺湖】" width="650" height="439" class="alignnone size-full wp-image-2116" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki6.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki6-300x203.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
華厳滝の根源水で面積4km²以上の自然湖では日本一標高が高い場所にある湖の「<strong>中禅寺湖</strong>」は、奈良時代後期に日光修験道の開祖「勝道上人」が男体山（二荒山）登頂時に発見され、湖上から「<strong>十一面千手観音</strong>」を感応した際に、その姿を桂の立木に手彫りし、名前の由縁でもあるご本尊として「中禅寺（立木観音）」に祀られましたが、明治以降からは日光修験道や密教の痕跡は消されてしまい衰退しています。</p>
<p>その後の日光の歴史には、明治35年に武器商人であるトーマス・グラバーが中禅寺湖に川鱒を放流した年、日光は歴史に残る程の大災害に見舞われ、足尾台風によって大谷川が崩壊した影響で神橋や大谷橋が流失し、貴重な文化財や「滝尾神社」の社殿が白糸の滝まで流される等の多くの死者や行方不明者が出る大惨事になりましたが、負の連鎖が続くように翌年の明治36年に高校生の藤村操が華厳滝から飛び降りる悲劇も続きました。</p>
<p>現在は残念ながら幕末・明治から続いている文明の悟りを開き損なってしまった西洋の悪霊に操られて、謀略の限りを尽くす悪鬼が荒れ狂う末法の世となってしまいましたが、今後の未来は一人一人が事実から眼をそらさず、タブーを乗り越えた生き方と責務を果たさないと、更なる謀略や大災害と悲劇の連鎖が続く暗黒の時代になりかねません。</p>
<h2>山と湖と瀧が織りなす絶景【明智平展望台】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki7.jpg" alt="山と湖と瀧が織りなす絶景【明智平展望台】" width="650" height="432" class="alignnone size-full wp-image-2118" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki7.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/06/kegonTaki7-300x199.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
明智平展望台は、上り専用の第二「いろは坂」の終点近くにある駐車場から、3分程ロープウェイで上がることで眺望できる「山」と「湖」と「瀧」が織りなす絶景が日光で一番と呼ばれる展望台で、標高1373mから「男体山（二荒山）」「中禅寺湖」「華厳滝」を中心に、背後を飾る日光連山や第一「いろは坂」等を展望台から全て一望することができ、最も人気がある<strong>例年の紅葉シーズン</strong>の「10月中旬～11月上旬」が最大の見頃の時期になっています。</p>
<p>明智平という地名は、数え年108歳で大往生を遂げた、徳川家康、秀忠、家光と徳川三代に渡り導いた「<strong>慈眼大使・天海</strong>」によって名付けられ、徳川264年の礎を築いた徳川家康を「日光東照宮」の中心に歓請（かんじょう）された黒衣の宰相で、日光山の第53世貫主でもある「天海」によって完成された明智平は、春と夏は新緑の風景が美しく、秋には紅葉の名所、冬は氷瀑の自然美と、春夏秋冬いつ来ても季節の彩を五感で感じられる絶景スポットとして人気があります。</p>
<p>『世界遺産』でもある「<a href="https://matrix-travel.net/toshogu" target="_blank" rel="noopener noreferrer">日光東照宮<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」の主祭神には、日本全土の平和の神である「東照大権現（徳川家康）」左右の配祀神として左神に「山王神（豊臣秀吉）」右神に「摩多羅神（源頼朝・織田信長）」が祀られ、背後の天空には宇宙の中心である北極星（天之御中主神）を守護神にして、未来への希望が明るくて自然に笑顔が溢れて、全世界が平和で自分の使命を果たす「<strong>弥勒（369）の時代</strong>」と成るように願いが込められています。</p>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p><strong>華厳の滝の観光所要時間</strong>は「１時間以内」で楽しむことができるので、観光に時間がない人にもオススメのスポットです。</p>
<p>明智平展望台に行くための明智平ロープウェイの最寄り駅である「明智平バス停」は、日光駅から上り専用の第2「いろは坂」の近くにあるため、華厳の滝のある奥日光側から行く場合は、下り専用の第1「いろは坂」を通って大きく遠回りになってしまうので、日光駅から「明智平展望台」と「華厳の滝」の両方に行く予定の方は、先に明智平バス停で降りて「明智平展望台」から観光するのをお勧めします。</p>
<p>日光エリアの鉄道とバスが一日乗り放題の「まるごと日光　東武フリーパス」も販売していて、明智平ロープウェイは、往復の料金が大人（中学生以上）1000円、小学生500円で、幼児（小学生未満）は無料で利用できて、ロープウェイを利用した方は、有料の駐車場料金が無料になる券がもらえます。</p>
<p><strong>近場にある他の観光スポット</strong>は、華厳の滝から「徒歩6分」の場所にある、2023年3月にリニューアルオープンした、最新のデジタル技術を通して日光の自然と歴史を分かりやすく学べる「日光自然博物館」や、中禅寺湖の周辺には、十一面千手観世音菩薩がご本尊である「中禅寺（立木観音）」や「二荒山神社中宮祠」、奥日光三名瀑の一つである「竜頭ノ滝」など、一日では全て回れない程の多くの観光スポットで充実しています。</p>
<h3>華厳の滝の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】華厳滝エレベーター<br />
【<strong>住所</strong>】栃木県日光市中宮祠<br />
【<strong>電話番号</strong>】0288-55-0030（華厳滝エレベーター）<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
■JR東武日光駅より東武バスで40分<br />
（東武バス、中禅寺温泉行きで約40分の「中禅寺温泉」バス停下車から徒歩5分）<br />
【料金】エレベーター往復<br />
大人（中学生以上）600円、小学生400円、幼児（小学生未満）無料<br />
【<strong>営業時間</strong>】<br />
3月～11月 8：00～17：00<br />
12月～2月 9：00～16：30<br />
（季節や気象状況によりにより変動します）<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="http://kegon.jp/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公式サイト<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>華厳の滝の地図情報</h3>
<div class="ggmap"><iframe loading="lazy" width="600" height="450" style="border: 0;" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m14!1m8!1m3!1d799.340092670822!2d139.50137865837056!3d36.73792018963894!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x601fa8c8c0b0bec1%3A0x279c9f58ca43568d!2z6I-v5Y6z5rud!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1686070321292!5m2!1sja!2sjp" frameborder="0" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『世界三大古代湖』で日本最大のパワースポット琵琶湖【竹生島】</title>
		<link>https://matrix-travel.net/chikubushima</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 13 Feb 2025 15:00:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国内旅行]]></category>
		<category><![CDATA[日本の絶景・夜景]]></category>
		<category><![CDATA[パワースポット]]></category>
		<category><![CDATA[近畿地方]]></category>
		<category><![CDATA[神社・仏閣]]></category>
		<category><![CDATA[日本一]]></category>
		<category><![CDATA[結界]]></category>
		<category><![CDATA[滋賀県]]></category>
		<category><![CDATA[重要文化財]]></category>
		<category><![CDATA[日本最古]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
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					<description><![CDATA[滋賀県にある日本一大きい湖で『世界三大古代湖』でもある「琵琶湖」は、約440万年前の太古に生まれた古代湖で、琵琶湖の周辺には、歴史ある有名な聖地が立ち並び、現在は京都・大阪・神戸の京阪神圏の1900万人を支える重要な要で…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>滋賀県にある日本一大きい湖で『世界三大古代湖』でもある「琵琶湖」は、約440万年前の太古に生まれた古代湖で、琵琶湖の周辺には、歴史ある有名な聖地が立ち並び、現在は京都・大阪・神戸の京阪神圏の1900万人を支える重要な要でもあり『日本を代表する水の聖地』として太古の昔から現在まで脈々と受け継がれてきました。</p>
<p>日本最大の琵琶湖の北側に浮かぶ「竹生島」は、役小角・行基・最澄・空海・円仁などの名立たる高僧達が修行したとされる霊場（パワースポット）で、戦国時代には、織田信長、豊臣秀吉、浅井長政などの武将達の加護を受けて栄えた神域ともされ、現在は『日本三大弁才天（竹生島・厳島・江ノ島）』や『五大弁才天（天河大弁財天社・金華山・竹生島・厳島・江ノ島）』の一つにも選ばれています。</p>
<h2>世界三大古代湖で日本最大の湖【琵琶湖】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima1.jpg" alt="世界三大古代湖で日本最大の湖【琵琶湖】" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2294" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima1.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima1-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
『世界三大古代湖』の琵琶湖は、約440万年前に生まれた世界で20個しかない100万年以上存在する世界有数の古代湖の一つで、ロシアにあるバイカル湖やアフリカのタンガニーカ湖に次いで「<strong>世界で三番目に古い湖</strong>」として生まれ、古くには「淡海（あわうみ・おうみ）」や都から近い淡水の海として「近淡海（ちかつおうみ）」とも呼ばれ、約100万年～40万年前に形成され、旧石器時代の末期頃に現在の場所に維持されました。</p>
<p>鈴鹿山地・伊吹山地・甲賀山地・野坂山地・比良山地といった霊山を含む山々に囲まれた盆地状の構造に位置してる琵琶湖には、約450本の流入河川の浄化された水が集められ、琵琶湖の海底には90を超える「湖底遺跡」も発見され、「葛籠尾崎湖底遺跡（つづらおざきこていいせき）」には、縄文時代初期から平安時代末期までの土器が出土されて、縄文時代後期には、琵琶湖で舟の航海をしていたことを証明する「丸木舟」が使用されていたことも判明しています。</p>
<p>現在の琵琶湖の総面積は、東京23区や大阪市よりも広い約670平方キロメートルもある日本一大きい湖で、滋賀県の中で6分の1の面積を誇り、貯水量も275億トンもある日本最大の湖で、琵琶湖の中には、セタシジミやビワマスなど60種以上の固有種や、フナ、マス、コアユ、エビなどの魚介類も生息していて、地元の滋賀県民の方々からは、豊かな恵みを与えてくれる「マザーレイク（母なる湖）」の愛称や、近畿圏を支える重要な水源でもある「近畿の水瓶（みずがめ）」の名称で知られています。</p>
<p>琵琶湖の南側の周辺には、「比叡山」「近江神宮」「清水寺」などの有名な聖地から、京都最古の神社の一つで、京都のお伊勢さんとも呼ばれる「日向大神宮」や東京最強パワースポットの「<a href="https://matrix-travel.net/takaosan" target="_blank" rel="noopener noreferrer">高尾山薬王院<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」と深い繋がりがある「醍醐寺」などの歴史ある社寺も立並び、『<span class="sc_marker-animation red">火属性最強のパワースポット</span>』で垂直（縦）方向に日本一の高さを誇る「富士山」に対比する『<span class="sc_marker-animation blue">水属性最強のパワースポット</span>』で水平（横）方向に日本一の広さを誇る「琵琶湖」で表されて、琵琶湖の水は、瀬田川から宇治川や淀川を浄化されて通りながら大阪湾に流れ出て、淡路島と鳴門市を挟む鳴門海峡にある『世界三大潮流』で世界一大きい渦潮をガラス越しに展望できる「<a href="https://matrix-travel.net/uzunomichi" target="_blank" rel="noopener noreferrer">鳴門の渦の道<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」のある海にも繋がってます。</p>
<h2>日本一の琵琶湖に浮かぶパワースポット【竹生島】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima2.jpg" alt="日本一の琵琶湖に浮かぶパワースポット【竹生島】" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2298" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima2.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima2-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
日本一大きい琵琶湖の北側に浮かぶ「<strong>竹生島（ちくぶしま）</strong>」は、別名で江島・都布夫島・筑扶島・智福島と記され、『近江国風土記』によれば、夷服岳（伊吹山）の多多美比古命（1337m）が、姪にあたる浅井岳（金糞岳）の浅井比売命（1317m）と高さを競い、負けた多多美比古命が浅井比売命の首を落したところ、首が湖に落ちて江島（竹生島）となったとされ、『竹生島縁起』には、首が湖に沈むとき「都布都布」と音を立てて泡が生じ、その泡が凝り固まって島が出来たので、「都布失島」の名が付いたと記されています。</p>
<p><strong>竹生島の名の由来</strong>は、島に沢山の鳥たちが群れ集まり種を落として様々な草木が生えるようになったが、最初に生えたのが「竹篠」であったので「竹生島」の字を宛てた説と、神変大菩薩の諡号を持つ「<strong>役行者（えんのぎょうじゃ）</strong>」が島にある岩窟で修行中に弁才天の霊験を得て、持っていた竹杖を地に立て、「もしこの地、仏法興隆の地なればこの竹成長すべし」と祈願したところ、竹杖はたちまち二股に割れ枝葉を生じた。これに感激した行者は、他に類のないいみじき弁才天の霊場として、岩窟のほとりにその不思議な竹杖を挿し残した伝承と、「<strong>行基（ぎょうき）</strong>」が来島して仏道修行の場としたとき、神に誓願して竹杖を立てたところ竹が繁茂したので「竹生島」と呼ぶようになったという複数の説があります。</p>
<p>また『承平縁起』によれば、日本の国土がまだ固まっていなかったとき、「大己貴命」と「久延産命」は龍神に命じて、国土を五つの神杭に結び、この五つの神杭とは富士山・金華山・竹生島・厳島・江ノ島であったと云われ、竹生島は日本の「ヒノモトツノクニ（霊之本津国、霊の元つ国）」の根源の一つであったという伝承が、後に富士山を天河大弁財天社に変えた『五大弁才天（天河大弁財天社（琵琶山白飯寺）・金華山・竹生島・厳島・江ノ島）』の神域で知られて、竹生島には、過去から高僧達が修行した霊場（パワースポット）で、現在も『日本三大弁才天』の一つとして大切に護られています。</p>
<h2>竹生島への交通アクセス【琵琶湖汽船】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima3.jpg" alt="竹生島への交通アクセス【琵琶湖汽船】 " width="650" height="454" class="alignnone size-full wp-image-2300" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima3.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima3-300x210.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
<strong>竹生島への交通アクセス</strong>は、「長浜港」「今津港」「彦根港」の３つの港からの定期便での交通手段のみで、「長浜港」から往復の乗船料が「大人3400円・小学生1700円」　島までの所要時間は、約35分で「今津港」から往復の乗船料が「大人3000円・小学生1500円」島までの所要時間は、約25分で「彦根港」から往復の乗船料が「大人3200円・小学生1600円」島までの所要時間は、約40分となっています。</p>
<p>竹生島の拝観料は、大人（中学生以上）600円、小学生300円で、「宝厳寺」と「都久夫須麻神社」の両方を共通で拝観することができます。<br />
（入口の前にある土産物店や飲食店は、拝観料を払わずに無料で入店できます）</p>
<p>竹生島は、長浜市の沖合にある大きさが周囲２キロで、島全体が花崗岩の一枚岩からなる小島で、2016年に『日本遺産』にも登録された島内には、『日本三大弁才天』の筆頭の一つに選ばれてる「宝厳寺（ほうごんじ）」や「都久夫須麻（竹生島）神社」、かわらけ投げができる「龍神拝所」など、水神が住むとされる神秘の湖の上にあり、古くから人々の信仰を集めてきた寺と神社が共存する神の斎（いつ）く島です。</p>
<h2>秘仏の大弁才天を祀る【宝厳寺の本堂】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima4.jpg" alt="秘仏の大弁才天を祀る【宝厳寺の本堂】" width="650" height="396" class="alignnone size-full wp-image-2302" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima4.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima4-300x183.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
入口から「宝厳寺」への参道でもある165段の急な石段の「祈りの階段」を上ると、西国三十三ヶ所巡礼をしたのと同じ霊験を得られるとされる「西国三十三ヶ所観世音奉安殿」や宝厳寺を開基する以前は竹生島には天狗が多く住んでいたのを行基が説き伏せて手伝わせたという伝承がある「行尋坊天狗堂」があり、更に進むと境内中央に「宝厳寺の本堂」が鎮座して、本堂横の奥には三龍善神である潤徳護法善神・福壽白如善神・徳澤惟馨善神が祀られた「三龍堂」もあります。</p>
<p>宝厳寺（ほうごんじ）の本堂は、『宝厳寺の寺伝』によれば、神亀元年（724年）に聖武天皇の夢枕に立った天照皇大神が「江州（近江国の別称）の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、行基を勅使として遣わし、堂塔を開基させたのが始まりとされています。</p>
<p>また、承平元年（931年）成立の『竹生島縁起』には、行基の来島は天平10年（738年）で、小堂を建てて四天王を祀ったのが始まりとも記され、天平勝宝5年（753年）に浅井直馬養が「千手観音」を宝厳寺の観音堂に安置して以来、天皇の行幸が続いたとされ、平安時代には「<strong>伝教大師・最澄</strong>」「<strong>弘法大師・空海</strong>」「<strong>慈覚大師・円仁</strong>」などの名立たる高僧達もこの地を訪れて、修行の場としても発展してきました。</p>
<p>戦国時代には「<strong>織田信長</strong>」や「<strong>豊臣秀吉</strong>」などの武将達の加護を受けた神域として、江戸時代からも千手観音と大弁才天信仰の神の島として栄えましたが、明治元年に発布された「神仏分離令」により宝厳寺は廃寺の危機になりましたが全国の崇敬者の強い要望により廃寺は免れ、本堂の建物のみを神社に引き渡すことになり、本堂のないまま仮安置の状態が長い間続きましたが、昭和17年（1942年）に現在の本堂が平安時代様式で再建されました。</p>
<h3>『日本三大弁才天』で日本最古の弁才天</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima5.jpg" alt="『日本三大弁才天』で日本最古の弁才天" width="650" height="435" class="alignnone size-full wp-image-2304" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima5.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima5-300x201.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
宝厳寺（弁才天堂）の弁才天は、「<strong>日本最古の弁才天</strong>」や「弁才天の発祥地」と称されてることから大弁才天と呼ばれて、一般的な弁才天は、琵琶を抱えた姿で音楽・芸能・芸術・金運の妙音天として知られてますが、宝厳寺の大弁才天は、八本の腕（臂）それぞれに弓、箭、刀、矛、斧、長杵、鉄輪、羂索を持ち、頭上に宇賀神をのせた姿で、多種多様な武具で煩悩を打ち払う力や、投げ縄で苦しむ衆生を救って正しい道へと導く役割も担っています。</p>
<p>辨財天座像の周囲に赤い弁天様のダルマが沢山ありますが、この「弁天様の幸せ願いダルマ」は、小さくて可愛い琵琶を持つ弁天様の「赤いダルマ」の中に、お願い事を書いた紙をダルマの中に収めて、宝厳寺の本堂に奉納すると願いが成就するとされ、本堂に奉納した際はダルマの代わりに「弁天様の幸せ願いダルマ」を模した小さなストラップ御守が頂けます。</p>
<p>琵琶湖に浮かぶ「竹生島」は、東京の「<a href="https://matrix-travel.net/uenopark" target="_blank" rel="noopener noreferrer">上野公園<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」の中にある不忍池に浮かぶ中之島の「辯天堂（弁天堂）」と深い繋がりがあることで知られ、寛永2年（1625年）に、徳川家康・秀忠・家光と徳川将軍を三代に渡って導いた「<strong>慈眼大師・天海</strong>」が上野に結界守護でも重要な「寛永寺」を作る際に、琵琶湖に浮かぶ「宝厳寺」を模して辯天堂が建立されました。</p>
<p>宝厳寺は別名で「弁才天堂」と呼ばれ、過去には本業寺（ほんごうじ）や竹生島観音とも呼ばれ、のちに竹生島大神宮寺と称してた時期もありましたが、現在は山号が巌金山で真言宗豊山派の「寶嚴寺」が正式名称で、竹生島宝厳寺の本堂（弁才天堂・竹生島神社）、厳島（大願寺・<a href="https://matrix-travel.net/miyajima" target="_blank" rel="noopener noreferrer">厳島神社<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>）、江ノ島（金亀山与願寺・江島神社）の『日本三大弁才天』や大和国天川大神、近江国竹生島大神、安芸国厳島大神、相模国江島大神、陸前国黄金山大神である『五大弁才天』の一つにも選ばれ、本尊の「大弁才天像」は、秘仏のため原則的に60年に一度の公開で、次回の開帳は西暦2037年とされています。</p>
<h3>浄化と再生の最強の仏【不動明王像】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima6.jpg" alt="浄化と再生の最強の仏【不動明王像】" width="650" height="401" class="alignnone size-full wp-image-2305" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima6.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima6-300x185.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
大弁才天を祀る宝厳寺の本堂の手前に「不動明王像」と「竹生島流棒術発祥之地の石碑」がありますが、竹生島棒術とは、平安時代末期に初代である「難波平治光閑」が信仰していた竹生島の大弁財天から難波流長刀術を夢想奉得したとされ、この石碑は、流祖800年祭を記念して1997年に建立されました。</p>
<p>竹生島の大弁才天は、『田村草子』では、琵琶湖の竹生島の弁財天は田村丸と契りを結んだ「鈴鹿御前（すずかごぜん）」の化身ともされ、『鈴鹿草子』でも鈴鹿御前は竹生島弁財天として再誕している等、伊勢の鈴鹿山で人々を苦しめる悪鬼を退治した女神・天女と縁が深いとされ、一説では鈴鹿御前は大祓詞に登場する重要な女神「<strong>瀬織津姫（セヲリツヒメ）</strong>」や「瀬織津姫の称号を持つ女神」と同一視されています。</p>
<p>「<strong>不動明王（ふどうみょうおう）</strong>」は、大日如来（だいにちにょらい）の化身ともされ、煩悩を抱える最も救い難い衆生をも不動の力で救うために、忿怒の姿をしている仏で、右手に降魔の剣、左手に羂索を持ち、火炎を背負う姿の五大明王の中心となる明王で、浄化と再生の最強の仏の「不動明王」と祓いと清めの最高の女神「瀬織津姫」の対比する<span class="sc_marker-animation red">火</span>と<span class="sc_marker-animation blue">水</span>の二神で究極の一対ともされています。</p>
<h3>金剛界大日如来坐像を安置する【三重塔】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima7.jpg" alt="金剛界大日如来坐像を安置する【三重塔】" width="650" height="384" class="alignnone size-full wp-image-2306" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima7.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima7-300x177.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
不動明王像の近くにある階段を上ると、「もちの木」と「三重塔」が建っていて、樹齢約400年とされる「もちの木」は慶長８年（1603年）に豊臣秀頼の命を受けて、普請奉行・片桐且元（かつもと）が伏見城から観音堂や唐門等の移築をした際に自ら手植えしたとされ、竹生島で一番高い場所にある三重塔の前からは、琵琶湖の絶景や船が出入港する様子も眺望することができます。</p>
<p>1484年に建立された「三重塔」は、『渓嵐拾葉集』によれば「竹生島は大地の最も深い場所である金輪際から生え出た金剛宝石の柱であり、仏陀が正覚した時に座していた金剛座である。故に、この地の本来の地主権現は釈迦如来である」とされ、本来はお釈迦様の遺灰を納めた仏舎利塔を模して建てられましたが、江戸時代初期に落雷で焼失してしまい、長い間空白期間がありましたが、2000年5月に当時の残されていた設計図を参考に古来の工法に基き6年の歳月をかけて約350年ぶりに新たに建築されました。</p>
<p>塔の高さは15.5ｍで、一辺は約3.2ｍの新たな三重の塔は、普段は扉が閉まり内部の公開はされていませんが、三重塔内の中心には黄金の「<span class="sc_marker-animation y">金剛界大日如来坐像（こんごうかいだいにちにょらいざぞう）</span>」が安置され、中心を囲む四本柱には三十二体の天部の諸像が描かれ、四方の壁には真言八祖（龍猛菩薩（龍樹）、龍智菩薩、金剛智三蔵、不空三蔵、善無畏三蔵、一行阿闍梨、恵果和尚、弘法大師・空海）を配しており、各柱や長押には、繧繝彩色（うんげんさいしき）や牡丹唐草紋様が極彩色で描かれています。</p>
<h3>竹生島の頂上の最奥に鎮座する【雨宝堂】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima8.jpg" alt="竹生島の頂上の最奥に鎮座する【雨宝堂】" width="650" height="439" class="alignnone size-full wp-image-2308" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima8.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima8-300x203.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
竹生島の頂上に位置する三重塔の右手後ろに、拝観料が別に必要ですが、国宝の法華経序品（竹生島経）や、重要文化財である弘法大師・空海の直筆御請来目録表をはじめとする貴重な宝物が収蔵されている「宝物殿」があり、竹生島の最奥には、雨宝童子（天照皇大神）を祀る「雨宝堂（雨宝童子堂）」が鎮座しています。</p>
<p>竹生島の最奥にある「雨宝堂」に祀られている「<strong>雨宝童子（うほうどうじ）</strong>」とは、神仏習合の両部神道における神で、天照皇大神（日向津姫）が、日向に下生した時の姿で、大日如来（だいにちにょらい）の化身とも称され、正式名は「金剛赤精善神雨宝童子」で赤精童子や石精童子とも呼ばれ、普段は扉が閉まっていて姿が拝めませんが、頭上に五輪塔を掲げ、右手に金剛宝棒を支え、左手に赤色宝珠を持ち、白装束を着用した女神の童子の姿で表されます。</p>
<p>雨宝童子は、大日如来や観音様の使者として地上に降臨して、地震などの災害や厄災の被害を最小限に抑える働きや、苦悩する人々を導いたり病気で苦しむ人を救済したりする一方で、素行の悪いものには容赦なく罰や警告のメッセージを与えるといった厳しさも同時に持ち合わせていて、これは雨や川や海などの自然の力が大いなる恵みや豊かさをを与えてくれる側面と、悪政の世が続いたり、自然の大切や感謝の心を忘れた時には、負のエネルギーの浄化や警告として大きな災害になってしまう竜神の神力としても表されています。</p>
<h2>国宝の唐門と千手観音を祀る【観音堂】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima9.jpg" alt="国宝の唐門と千手観音を祀る【観音堂】" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2309" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima9.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima9-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
国宝に指定されている「唐門」は、西国三十三ヶ所の札所の「観音堂」や「舟廊下(渡廊)」と共に、2013年から実施されていた檜皮屋根の全面葺き替え、彩色・漆塗りの塗り直し等の修復保存作業を実施して2020年春にリニューアル作業を完了して、桃山様式の美しい彫刻や鮮やかな文様が豪華絢爛な姿で新たに生まれ変わりました。</p>
<p>唐門は、慶長7年（1602年）に、豊臣秀吉の子である「豊臣秀頼」によって京都にある豊国廟の唐門（極楽門）を移築したもので、『大坂城図屏風』によれば、大坂城唯一の遺構である可能性の高い歴史的に貴重な門で、随所に極彩色の彫刻や飾り金具の鍍金メッキなどの絢爛豪華な桃山様式を代表する国宝の唐門です。</p>
<p>西国三十三所観音霊場の第30番札所の「観音堂」は、本尊が千手観音で知られてますが、正式には「<strong>千手千眼観世音菩薩（せんじゅせんげんかんぜおんぼさつ）</strong>」や「十一面千手千眼観音」で、十一面は、11の顔を持つ菩薩を表し、千眼は、千本の手のそれぞれの掌に一眼を持つとされることに由来し、千本の手は、いかなる衆生も漏らさず見つけて救済しようとする観音様の慈悲の心の広大さを表していて、第30番札所の「千手観音像」は現在も秘仏とされ、宝厳寺本堂の大弁才天像と同じ原則的に60年に一度で、次回の開帳は西暦2037年とされています。</p>
<h2>市杵島比売命を祀る【都久夫須麻（竹生島）神社】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima10.jpg" alt="市杵島比売命を祀る【都久夫須麻（竹生島）神社】" width="650" height="421" class="alignnone size-full wp-image-2310" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima10.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima10-300x194.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
観音堂から舟廊下を通ると「都久夫須麻（つくぶすま）神社」がありますが、別名で「竹生島神社」とも呼ばれる神社は、『惣国風土記』によれば雄略天皇3年（459年）に、山と水の神様でもある「浅井比売命（アサイヒメノミコト）」を祀る小祠が建てられたことが都久夫須麻（竹生島）神社の始まりとされています。</p>
<p>また、天平3年（731年）に聖武天皇が参拝して、社前に「大己貴命（オオナムチノミコト）」と「天忍穂耳命（アメノオシホミミノミコト）」を祀ったと伝承され、現在の都久夫須麻神社本殿では、主祭神に「<strong>市杵島比売命（イチキシマヒメノミコト）</strong>」別名で「竹生島大神」、「宇賀福神」「浅井比売命」「龍神（黒龍）」の四柱が祀られていて、都久夫須麻神社本殿の向かって左側には「大己貴命」と「天忍穂耳命」を祀った大己貴神社と天忍穂耳神社、右側には「厳島大神」と「江島大神」を祀った厳島江島神社が鎮座しています。</p>
<p>都久夫須麻神社の本殿は、唐門や観音堂と同期である慶長7年（1602年）に豊臣秀吉の子である「豊臣秀頼」によって、伏見城にあった勅使殿「日暮御殿」の一部を移築や寄進した歴史的にも価値のある国宝の本殿で、現在は内部が非公開となっていますが、桃山時代を代表する豪華絢爛な装飾が施されており、天井には狩野永徳光信が描いた華麗な花弁草木絵も残されています。</p>
<h3>かわらけ投げが名物【竜王拝所】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima11.jpg" alt="かわらけ投げが名物【竜王拝所】" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2312" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima11.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima11-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
都久夫須麻神社本殿の反対側には、琵琶湖の絶景を眺望できる「竜王拝所」があり、正式名称の「八大竜王拝所」の八大竜王とは、仏教を守護する八体の大龍王のことで、琵琶湖主の雨や水を司る神様（水神様）ともされ、「琵琶湖水神　竹生島竜王拝所」と書かれた扁額の下には、左右に宇宙万物の始まりと終わりを表す「阿吽（あうん）の龍」と、中心に赤い玉が祀られ、白龍が描かれた絵や右上には「龍神祝詞」が書かれた看板も設置されています。</p>
<p>竜王拝所の名物である「<strong>かわらけ投げ</strong>」は、厄除けなどの願いをかけて、高い場所から円盤状の土器の皿を投げるという古くから伝わる願掛けの一種で、都久夫須麻神社の本殿を参拝した後に、2枚セットになった「かわらけ」を購入して、かわらけ1枚目に自分の名前を2枚目に願い事を記入して、琵琶湖に突き出たところに建っている鳥居に向かって「かわらけ」を投げて、投げた「かわらけ」が鳥居（宮崎鳥居）をくぐれば願い事が成就するとされています。</p>
<p>竜王拝所の周辺には他にも、「白巳社」や「弁財天社」、湖より龍が昇ってくるとされる「神木」、八大龍王の一尊である黒龍大神と黒龍姫大神が祀られてる「黒龍堂」があり、白巳社には、弁才天の神使としての白蛇神である「白巳大神」が祀られ、左右には「阿吽（あうん）の白巳大神（白蛇神）」の像が一対で安置され、扁額には「白巳大神」看板には招福・招財の弁才天を表す枕詞でもある「金寶冨貴」と書かれ、江島神社と共に「金寶冨貴の聖地」とされています。</p>
<h3>万物の根源を司る水源【瑞祥水】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima12.jpg" alt="万物の根源を司る水源【瑞祥水】" width="650" height="440" class="alignnone size-full wp-image-2314" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima12.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2025/02/chikubushima12-300x203.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
宝厳寺と都久夫須麻神社の中心にある、めでたいことが起こるという前兆や幸福や繁栄を意味する「<strong>瑞祥（ずいしょう）水</strong>」は、2002年11月に「大弁才天」の御託宣により掘られた霊泉で、1987年から川鵜（カワウ）の異常繁殖によって緑樹は枯れはじめ山崖は崩れ、島全体が大きな被害を受け、加えて山からの湧水も枯れ果てて困ってた時に、「ここに井戸を掘れ」との大弁才天のお告げがあり、約1年間の困難な工事の末に、深さ230m（湖底下約130m）から託宣通りに清浄水が湧いた神秘的な泉です。</p>
<p>水は、ギリシャ最古の哲学者のタレスが語るように「万物の始原は水である」とされ、日本でも「生命の根源を司る産霊（ムスヒ）」や「天地の中に活動する生命の根源の息吹」の一つとされ、四大元素（火風水土）・四大種（地水火風）や宇宙の五大（空地火風水）・五輪塔（地水火風空）の中でも、多くの生命体にとって最も必要不可欠な元素として考えられてきました。</p>
<p>青い惑星と呼ばれる「地球」は表面の3分の2は水で覆われていて、人間の7割は水でできているように、太古の昔から水は万物創造の母とされ、過去の水神信仰から縄文土器に蛇が刻まれているように、「始原の原蛇（ウロボロス）」となり、やがて龍神や大地母神信仰として世界中に広がりましたが、再び日本を中心にして世界中の人達が「水」や自然に対する感謝や大切さを思い出した時に「新たな瑞祥の時代」が到来するのかもしれません。</p>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p><strong>竹生島の観光所要時間</strong>は、「１時間以内」で全部拝観することができますが、港から竹生島への往復での乗船時間を合わせると「３時間以上」の余裕が必要です。</p>
<p>竹生島の入口から直ぐにある165段の「祈りの階段」は、予想以上の急な石段になっていますので、足腰の悪い方は、事前の対策や注意が必要となっています。</p>
<p>多くの人が気づかずに分かりにくい場所にありますが、唐門・観音堂の前にある小さなお堂に、神変大菩薩の諡号を持つ「役行者（えんのぎょうじゃ）」が祀られた「神変大菩薩のお堂」と、厳島江島神社の横にある狭い通路の奥に「弘法大師・空海」が唐から帰国後の大同2年（807年）に竹生島に庵を創建し修行された「弘法大師庵跡」と「明星跡　弘法大師霊場」と刻まれた石碑があります。</p>
<p><strong>琵琶湖周辺にある他の観光スポット</strong>は、琵琶湖八景に選ばれてる、彦根市のキャラクターの「ひこにゃん」が有名で国宝天守もある「彦根城」を筆頭に、世界有数の古代湖である琵琶湖がテーマの総合博物館である「滋賀県立琵琶湖博物館」や琵琶湖最大の島で、昭和レトロな雰囲気が各地で残るネコが多くいることで有名な「沖島」など、一日では全部行けない程の多くの観光スポットが点在しています。</p>
<h3>竹生島の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】竹生島<br />
【<strong>住所</strong>】滋賀県長浜市早崎町<br />
【<strong>電話番号</strong>】「竹生島宝厳寺」0749-63-4410<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
■長浜港からの乗船料（往復）大人3400円・小学生1700円　島までの所要時間は、約35分<br />
■今津港からの乗船料（往復）大人3000円・小学生1500円　島までの所要時間は、約25分<br />
■彦根港からの乗船料（往復）大人3200円・小学生1600円　島までの所要時間は、約40分<br />
【<strong>料金</strong>】「竹生島拝観料」大人600円、小学生300円（宝厳寺・都久夫須麻神社で共通）<br />
【<strong>営業時間</strong>】<br />
「竹生島宝厳寺」9：30～16：30（観光船就航時間に基づく）<br />
「都久夫須麻（竹生島）神社」9：30～16：30（観光船就航時間に基づく）<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="https://www.chikubushima.jp/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公式サイト<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>竹生島の地図情報</h3>
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		<item>
		<title>『日本三大神滝』で呪術師の最強パワースポット【那智の滝】</title>
		<link>https://matrix-travel.net/nachinotaki</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Jun 2021 16:14:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国内旅行]]></category>
		<category><![CDATA[日本の絶景・夜景]]></category>
		<category><![CDATA[パワースポット]]></category>
		<category><![CDATA[近畿地方]]></category>
		<category><![CDATA[神社・仏閣]]></category>
		<category><![CDATA[日本三大神滝]]></category>
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		<category><![CDATA[日本三大名瀑]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
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					<description><![CDATA[那智の滝のある那智山一帯は古来より山や滝など全ての「自然信仰の聖地」であり、熊野古道は、他界（たかい）・異郷（いきょう）・常世（とこよ）への出入口とされ、熊野三山は「過去」「現世」「来世」をそれぞれ表した「よみがえりの地…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>那智の滝のある那智山一帯は古来より<span class="sc_marker-animation red">山</span>や<span class="sc_marker-animation blue">滝</span>など全ての「<strong>自然信仰の聖地</strong>」であり、熊野古道は、他界（たかい）・異郷（いきょう）・常世（とこよ）への出入口とされ、熊野三山は「過去」「現世」「来世」をそれぞれ表した「よみがえりの地」と呼ばれ、仏教伝来後には、「死と再生」の日本第一の霊場（パワースポット）とされてきました。</p>
<p>「飛瀧神社（ひろうじんじゃ）」のご神体として古くから人々の畏敬を集めてきた「那智の滝」は、瀧篭修行の行場として扱われた48の滝である「那智四十八滝」の中でも「<strong>一の滝</strong>」とも呼ばれ、現在は『<strong>日本三大神滝（那智の滝、華厳の滝、布引の滝）</strong>』の一つにも選ばれています。</p>
<p>熊野那智滝は、「<strong>呪術師四天王（役小角・最澄・空海・安倍晴明）</strong>」とも縁が深い霊域で、平安時代からは皇族、貴族、武士から庶民までが熊野を参詣したことから「蟻の熊野詣」と呼ばれる歴史をもつ、三重の塔と那智の滝を1枚のフレームに納めた景観で有名な聖地です。</p>
<h2>歴代の呪術師が集う最強パワースポット</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/11/nachitaki1.jpg" alt="歴代の呪術師が集う最強パワースポット" class="alignnone size-full wp-image-1977" width="650" height="449" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/11/nachitaki1.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/11/nachitaki1-300x207.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
那智山一帯は元は自然信仰の聖地でしたが、『熊野山略記』には西国三十三カ所観音巡礼の一番札所である「青岸渡寺」を開山したとされる「裸形上人」や修験道の開祖で弱者を助ける仙人「<strong>役小角（えんのおづぬ）</strong>」や日本最高の天才と名高い「<strong>弘法大師・空海</strong>」をはじめ、伝教大使「最澄」・智証大使「円珍」・叡豪（えいごう）・範俊（はんしゅん）の高僧７名の「那智七先徳（七仙徳）」が集う聖地でもあります。</p>
<p>『熊野那智参詣曼荼羅』には、那智の滝壺でふたりに抱きかかえられている「文覚上人」の姿が描かれていますが、文覚上人は、冬に37日間の滝行を志して凍死。それを「<strong>不動明王</strong>」の使者の童子が現れて蘇生させたと伝えられてます。</p>
<p>史実としては、３年間滝本に籠もり類まれな祈祷の力を得たという「浄蔵（じょうぞう）」や『熊野那智大社文書』では「花山法皇」の千日籠山行などが知られ、『古事談』には、陰陽道の達人「安倍晴明」が那智の滝に打たれて千日間の修行をしたことが記されています。</p>
<p>修験道の根本は、厳しい修行を積むことで「一度死に、生まれ変わる」とされていますが、「文覚」の逸話が示す通り、那智の滝こそ「生まれ変わり＝再生」で人生の再出発にふさわしい「甦りの聖地」とみなされていたことを物語ります。</p>
<h2>日本三大神滝で日本三大名瀑【那智の滝】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/11/nachitaki2.jpg" alt="日本三大神滝で日本三大名瀑【那智の滝】" class="alignnone size-full wp-image-1978" width="650" height="867" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/11/nachitaki2.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/11/nachitaki2-225x300.jpg 225w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
那智の滝は<strong>日本三大神滝</strong>（<a href="https://matrix-travel.net/nunobikinotaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">布引の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>、那智の滝、華厳の滝）と<strong>日本三大名瀑</strong>（<a href="https://matrix-travel.net/kegontaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">華厳の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>、那智の滝、袋田の滝）の両方に選ばれた滝で、落差133m、銚子口の幅13m、滝壺の深さは10mの落差で、「<strong>一段目の落差としては日本一の名瀑</strong>」です。</p>
<p>那智山に降る雨は、年間３０００～４０００ミリで、「雨の那智」と異名をとるほどの豊富な雨水を、周囲の原始林がしっかりと蓄え、滝の落口の岩盤に切れ目から三筋に分かれて流れ落ちるため「三筋の滝」ともいい、また四十八滝の中でも、那智の滝を代表するということから「那智の大滝」とも呼ばれています。</p>
<p>那智の滝は「滝そのものがご神体」で、かつては「飛龍権現」と呼ばれた神で、現在は「大己貴神（大国主神）」の御座所となっていますが、『那智参詣曼荼羅』には拝殿があったことが描かれ、「千手堂」は明治時代の廃仏分離の後に、お滝本祈祷所に変わっています。</p>
<h3>隠された神を感じる【お滝拝所】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/11/nachitaki3.jpg" alt="隠された神を感じる【お滝拝所】" class="alignnone size-full wp-image-1979" width="650" height="439" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/11/nachitaki3.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/11/nachitaki3-300x203.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
飛瀧神社のお滝拝所では入場料として300円志納するとチケットではなく「古来よりのお守り」を頂き「那智の滝」をより近くで見ることが出来ます。</p>
<p>お滝拝所では「延命長寿のお瀧水」を飲むことが出来る「神盃（さかづき）」も200円で買うことができて「使った神盃は頂くことができます」ので記念品としてもオススメします。</p>
<p>熊野という名称の「クマ」には「こもる」という意味があり、この「こもる」は「神が隠（こも）る所」という意味で、那智の滝に隠されてる本当の神の名は、生命の根源を司る「ムスヒ（産霊）」という説があり、別名では縄文の女神「<strong>瀬織津姫（セヲリツヒメ）</strong>」とも呼ばれ、神道の大祓詞にも登場する重要な神で、「悪霊」や「日本に巣食う疫病」を祓う責務を促すとされています。</p>
<p>また、訪れる縁によっては、かつての神であった「飛龍権現」や現在の祭神である「大己貴神（大国主神）」、隠された本当の太陽神とも呼ばれる「<strong>饒速日命（ニギハヤヒ）</strong>」の姿が写真などにもお目見えすることもあります。</p>
<h3><b>熊野三山のシンボル</b>で導きの神【八咫烏】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/yatagarasu.jpg" alt="熊野三山のシンボル八咫烏" class="alignnone size-full wp-image-503" width="650" height="412" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/yatagarasu.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/yatagarasu-300x190.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
熊野三山のシンボルで知られる「<strong>八咫烏(やたがらす)</strong>」は、「物部氏（もののべし）」や「秦氏」と縁が深く、『古事記』や『日本書紀』だけで判断すれば、造化三神の１柱である高御産巣日神（タカミムスビ）によって遣わされ、「神武天皇」の道案内をしたとされる「導きの神」で「太陽の化身」ともされています。</p>
<p>熊野三山の「熊野本宮大社」では八咫烏には三本の足があり、それぞれ「天（天神地祇）」「地（自然環境）」「人」を表し「神と自然と人」が同じ太陽から生まれた兄弟であることを示すとされています。</p>
<p>八咫烏には影と光があり、カラスと金鵄（金色のトビ）が太陽と強い結びつきを持つ鳥とされていて、八咫烏も太陽神（もしくは太陽神の使い）であると考えられていますが、八咫烏の別名に、迦毛之大御神（かものおおみかみ）・味耜高彦根命（アヂスキタカヒコネ）や賀茂建角身命（カモタケツヌミノミコト）と呼ばれ、「<strong>迦毛之大御神（かものおおみかみ）</strong>」は、死した神々をも甦らせることのできる強力な神力を持つ大神様ともされています。</p>
<p>カラスと太陽の結びつきについての理由は諸説ありますが「太陽にある黒点」をカラスだとする説があり、日本サッカー協会(JFA)のシンボルや熊野周辺を運行しているバス会社、熊野交通の社紋には八咫烏が採用されています。</p>
<h2>自身の鬼を滅する修行の道【熊野古道】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/kumanokodou.jpg" alt="自身の鬼を滅する修行の道【熊野古道】" class="alignnone size-full wp-image-504" width="650" height="379" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/kumanokodou.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/kumanokodou-300x175.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
熊野那智大社まで歩いて行くには、上りは「熊野古道 大門坂」は通らずに「飛瀧神社参道入口」近くにある古道から行くのが一番の近道です。</p>
<p>熊野古道は、古来より文明の対極から身を置き、日常生活の中で溜め込んだ「負のエネルギー」である、自身に存在する鬼（罪や煩悩）を滅する（祓い落とす）ための修行の道でもあり、ここを歩くことでしか得られない何かがあったとされてる参詣道です。</p>
<p>この道も熊野古道の一部で『<strong>ユネスコ世界文化遺産登録</strong>』となっている石畳の道で、熊野の山や滝、静けさと力強さ、光と影、さらには石や木といった自然のひとつひとつが、太古の記憶を呼び覚ます霊域として、世界中の多くの参詣者たちを魅了してきた古道です。</p>
<h2>鬼滅の刃の青い彼岸花を示す【青岸渡寺】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/seigan-toji.jpg" alt="鬼滅の刃の青い彼岸花を示す【青岸渡寺】" class="alignnone size-full wp-image-505" width="650" height="406" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/seigan-toji.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/seigan-toji-300x187.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
熊野那智大社と那智の滝の中間にある「<strong>青岸渡寺（せいがんとじ</strong>）」は西国三十三カ所ある一番札所であり、「三重の塔と那智の滝を1枚のフレームに納めた景観」で有名な場所で、この三重塔は昭和47年(1972年)に300年ぶりに復元された「高さ25ｍ」の塔で、朱色の鮮やかな色が周囲の山々の緑に映えて、滝の変化も感じられる、美しい景観の三重塔です。</p>
<p>「三重の塔と那智の滝を1枚のフレームに納めた景観」は山と滝から感じる、常にそこにあるという存在と、常に留まることがない激動の変化を人生の中で確認してきました。</p>
<p>日本人はその山と滝から「神（<span class="sc_marker-animation red">火</span>＝か　<span class="sc_marker-animation blue">水</span>＝み）」を悟り、「死（0）と再生（∞）」という無限を超えた時に、はじめて最後のワンピース「甦がえり（1）」を手にすることができ、「弥勒（369）の太陽国（天国＝浄土＝高次元）」に至ったのかもしれません。</p>
<p>近年では映画『鬼滅の刃 無限列車編』が興行収入404億円以上という、日本の歴代映画興行ランキング1位で、中国での上映禁止の中で全世界の興行収入が517億円に上り、2020年映画で前人未到の全世界1位の偉業を成し遂げて、映画業界や出版業界など日本の多くの人々を救った国民的なマンガの『鬼滅の刃』には、「<strong>青い彼岸花</strong>」という重要な花がありますが、その花を手に入れた場所が名前も示す通り「青岸渡寺」のある熊野の地である可能性が高いとして、この場所の景観と熊野という自然の霊域が、世界中から注目を集めています。</p>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p><strong>那智の滝の観光所要時間</strong>は「１時間以内」で楽しむことができるので、観光に時間がない人にもオススメのスポットです。</p>
<p>飛瀧神社参道入口から「那智の滝」までは200段程の階段がありますので足腰の悪い方は少し注意が必要です。</p>
<p>那智の滝から「<strong>熊野那智大社</strong>」までは「歩いて35分」程で行けますが、急な坂や階段が多いので、体力に自信のない方は「車で熊野那智大社の駐車場（有料）」まで行くか、那智勝浦の「紀の松島めぐり遊覧船」や「ご当地グルメのまぐろ丼」を食べに行くプランもオススメします。</p>
<h3>那智の滝の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】飛瀧神社　那智の滝<br />
【<strong>住所</strong>】和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山<br />
【<strong>電話番号</strong>】0735-52-5311<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
■那智勝浦駅からバスで25分<br />
（熊野御坊南海バス、31那智山線（那智山行き）「那智の滝前」下車　徒歩5分）</p>
<p>■車では、国道42号線より県道への入口より約25分<br />
【<strong>営業時間</strong>】飛瀧神社の拝観時間　7：00～16：30<br />
（季節により変動します）<br />
【<strong>定休日</strong>】なし<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="https://kumanonachitaisha.or.jp/pavilion/waterfall.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公式サイト<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>那智の滝の地図情報</h3>
<div class="ggmap"><iframe loading="lazy" width="600" height="450" style="border: 0;" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m14!1m8!1m3!1d6640.66734108101!2d135.88477968357543!3d33.67442329987259!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x0%3A0xd77c438c6c730e36!2z6YKj5pm644Gu54Cn!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1488822344255" frameborder="0" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『世界三大夜景』で函館の中で一番人気の観光名所【函館の夜景】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 11 Apr 2024 15:00:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[北海道]]></category>
		<category><![CDATA[国内旅行]]></category>
		<category><![CDATA[日本の絶景・夜景]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[日本三大夜景]]></category>
		<category><![CDATA[都市伝説]]></category>
		<category><![CDATA[日本一]]></category>
		<category><![CDATA[展望台]]></category>
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					<description><![CDATA[函館山の夜景は北海道函館市の山から眺望できる絶景で、世界の代表的な夜景を3ヶ所選んだ『世界三大夜景（函館・香港・イタリアのナポリ）』や日本の夜景の中でも美しい3ヶ所の『日本三大夜景（函館・長崎・神戸）』に筆頭で選ばれてい…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>函館山の夜景は北海道函館市の山から眺望できる絶景で、世界の代表的な夜景を3ヶ所選んだ『<strong>世界三大夜景</strong>（函館・香港・イタリアのナポリ）』や日本の夜景の中でも美しい3ヶ所の『<strong>日本三大夜景</strong>（函館・長崎・神戸）』に筆頭で選ばれている日本一の夜景とも賞されて、現在でも<strong>函館の中で一番人気の観光スポット</strong>になっています。</p>
<p>最近では『世界新三大夜景（モナコ・長崎・上海）』が新しく認定されて出てきましたが、100万ドルの夜景と呼ばれる函館山の夜景は、2011年にミシュランガイドでは最高評価である三つ星を獲得していて、春夏秋冬・四季折々に見所があるロマンチックで幻想的な風景は「日本の行って良かった夜景」でも１位に選ばれています。</p>
<h2>東京と函館を結ぶ【北海道新幹線】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate2.jpg" alt="新函館北斗駅" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-539" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate2.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate2-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
2016年3月に北海道新幹線が開通したことで、東京駅から新函館北斗駅まで最短4時間2分で結ばれ、開業前よりも1時間以上短縮され、函館駅までの交通アクセスが良くなりました。</p>
<h2>函館山までのアクセス方法と営業時間</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate3.jpg" alt="函館山ロープウェイ" width="650" height="436" class="alignnone size-full wp-image-540" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate3.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate3-300x201.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
<strong>函館山への交通アクセス方法</strong>はロープウェイ、バス、タクシー等の交通手段がありますが、一番人気のあるアクセス手段は、山麓駅と山頂駅の間を3分で結び、函館山頂からの景色とは一味違った角度で楽しむことができる「函館山ロープウェイ」です。</p>
<p>函館山ロープウェイ乗り場のある山麓駅までは、市電「十字街」電停から歩いて10分程で、料金は大人の往復で1800円（小人の往復900円）となっています。</p>
<p>営業時間は10:00～21：50（10月1日～4月19日は20：50まで）ですが、日没から夜景になる時間帯の「1~2時間」は毎回大変込み合うことが予想されています。</p>
<div class="button shadow block blue"><a href="https://334.co.jp/" class="midium" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><i class="fa fa-arrow-circle-right before" aria-hidden="true"><span>fa-arrow-circle-right</span></i>函館山ロープウェイ公式サイト</a></div>
<h3>函館山までの一番オススメの交通手段</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate4.jpg" alt="函館駅" width="650" height="426" class="alignnone size-full wp-image-541" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate4.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate4-300x197.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
<strong>函館山への一番オススメのアクセス方法</strong>は「函館山登山バス」で、函館駅から面倒な乗り換えなしで片道が大人500円、小人250円で函館山の展望台まで直行で行くことができます。</p>
<p>函館山登山バス（１系統）は、函館駅の目の前にあるバスターミナルから、夕方の時間帯からで「4月中旬から11月初旬のみ運行」ですが20～30分間隔で運行され、バスガイドさんによる沿道の建物や函館の歴史、登山道からの眺望スポットに関する案内放送を聞きながら「<strong>函館山の展望台まで30分程</strong>」で行くことが出来ます。</p>
<p>函館山登山バスは函館山の緑の中を走り、道中の視界が開ける場所からは、函館山ロープウェイや展望台とは違った角度の函館山の絶景を眺望できますので「行きは右側の席」で「帰りは左側の席」に座るのがオススメとなってます。</p>
<div class="button shadow block blue"><a href="http://www.hakobus.co.jp/" class="midium" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><i class="fa fa-arrow-circle-right before" aria-hidden="true"><span>fa-arrow-circle-right</span></i>函館バス公式サイト</a></div>
<h2>世界三大夜景の一つ【函館山の夜景】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate5.jpg" alt="世界三大夜景の函館山の夜景" width="650" height="432" class="alignnone size-full wp-image-542" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate5.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate5-300x199.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
函館山登山バス（１系統）ならバスを降りて正面にある階段を上ると屋外展望台に到着で、高さ334メートルの函館山頂の展望台から市街地を見下ろすと、『世界三大夜景の一つ』で「光の街」と「影の海」のコントラストが美しい函館山の絶景を眺望することができます。</p>
<p><strong>函館山の夜景が一番きれいな時間帯</strong>は「日没約30分後」で、薄暮れていく濃紺色の空に街の明かりが美しく映えて「絶景の写真も綺麗に写しやすい」時間帯として人気があります。</p>
<h3>函館山の夜景がきれいな理由</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate6.jpg" alt="函館山の夜景がきれいな秘密" width="650" height="432" class="alignnone size-full wp-image-543" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate6.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate6-300x199.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
<strong>函館山の夜景がきれいな理由</strong>は、函館の街並みにある真直ぐに整っている複数の坂が、夜景に直線を加えて全体を引き締める景観になることや、函館山と北海道の本土を結んでいる『くびれた部分に街明かりが集結し両端の暗い海とのコントラストを深く感じさせる』ことが最大の理由となっています。</p>
<p>他にも、高さと距離感が計算されたように絶妙な距離にあり、見下ろす角度が10度位で最も見えやすい景色の条件が複数揃っていて、それが世界中で絶賛される何度でも見たいと思わせる夜景を生み出しています。</p>
<h3>初夏のみ出現する霧夜景</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate7.jpg" alt="函館山の霧夜景" width="650" height="446" class="alignnone size-full wp-image-544" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate7.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate7-300x206.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
初夏の函館山で運が良いと見ることができる「霧の広がる幻想的な街の風景」は、大気の温度が下がると水蒸気が小さな粒になって空中や海上に浮かび、霧が発生しやすくなり出現するそうです。</p>
<h3>冬の季節限定の雪夜景</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate8.jpg" alt="函館山の冬夜景" width="650" height="432" class="alignnone size-full wp-image-545" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate8.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate8-300x199.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
冬の季節限定で見ることができる雪明りと夜景の競演は、外灯やネオンの灯りが雪に反射して一層輝きを増し「ロマンティックで神秘的な夜景」へと変貌した、夏場には見られない「幻雪の美しい夜景」になっています。</p>
<h2>函館夜景の都市伝説【ハート伝説】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate0.jpg" alt="函館山のハート伝説" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-547" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate0.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/Hakodate0-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
函館山の夜景から「ハート」や「スキ」のカタカナの文字を1パターンでも見つけられると、願いが叶ったり幸せになれるという函館夜景の都市伝説である『<strong>ハート伝説</strong>』があります。</p>
<p>「ハート」の文字は「8個以上」もあるとの噂ですが、季節や時間帯によって見え方が違いますので、実際に現地に訪れて自身の目で探すのがオススメとなっています。</p>
<p><strong>ハート伝説の答え</strong>は人から教わったらダメという説もあるので、上記の画像から見つけた方や、実際に現地に訪れて夜景を見た後の「答え合わせ」の一つとして参考にして下さい。</p>
<div class="button medium frame red"><a class="medium" href="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/02/Hakodate-heartkotae5.jpg" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><i class="fa fa-arrow-circle-right" aria-hidden="true"></i>函館のハート伝説の答え</a></div>
<div class="button medium frame red"><a class="medium" href="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/02/Hakodate-suki.jpg" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><i class="fa fa-arrow-circle-right" aria-hidden="true"></i>ハート伝説のスキの答え</a></div>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p>寒い時期は屋外だと防寒対策が必要になりますが、山頂展望台には暖房が効いたガラス張りの屋内展望スペースの暖かい所でも景色を楽しむこともできます。</p>
<p>函館のご当地グルメは「新鮮な魚介類の海鮮丼」で、この海鮮丼を食べるだけのために函館に来てもいいほどの絶品なので食べることをオススメします。</p>
<p>函館には他にも、映画『名探偵コナン100万ドルの五稜星（みちしるべ）』で舞台の五稜郭を眺望できる「<a href="https://matrix-travel.net/goryokaku" target="_blank" rel="noopener noreferrer">五稜郭タワー<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」や北海道函館市を中心とした有名なハンバーガーショップの「ラッキーピエロ」などが名物になっています。</p>
<h3>函館山展望台の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】函館山展望台<br />
【<strong>住所</strong>】北海道函館市函館山<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
■ＪＲ函館駅から函館山登山バス（１系統）で約30分</p>
<p>■市電[十字街]電停から徒歩10分でロープウェイ乗り場到着⇒函館山ロープウェイ乗車後3分で山頂<br />
【<strong>料金</strong>】函館山展望台からの夜景は無料<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="https://334.co.jp/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公式サイト<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>函館山展望台の地図情報</h3>
<div class="ggmap"><iframe src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m14!1m8!1m3!1d744.0525295146604!2d140.7033231560579!3d41.75912737824571!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x5f9ef3cb4fcc7fe3%3A0xb95f3ab12fbaaf56!2z5Ye96aSo5bGx5bGV5pyb5Y-w!5e0!3m2!1sja!2sus!4v1712768735804!5m2!1sja!2sus" width="600" height="450" style="border:0;" allowfullscreen="" loading="lazy" referrerpolicy="no-referrer-when-downgrade"></iframe></div>
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		<title>大龍王の『竜宮乙姫伝説』が残る究極パワースポット【布引の滝】</title>
		<link>https://matrix-travel.net/nunobikinotaki</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 05 Sep 2023 15:00:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国内旅行]]></category>
		<category><![CDATA[日本の絶景・夜景]]></category>
		<category><![CDATA[パワースポット]]></category>
		<category><![CDATA[近畿地方]]></category>
		<category><![CDATA[兵庫県]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[都市伝説]]></category>
		<category><![CDATA[日本三大神滝]]></category>
		<category><![CDATA[民話]]></category>
		<category><![CDATA[一人旅にオススメ]]></category>
		<category><![CDATA[世界一]]></category>
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					<description><![CDATA[兵庫県の神戸市中央区にある布引の滝は、約1億年前に地下深くで生まれた花崗岩でできた六甲山中に、布引滝の源流「獺池（かわうそいけ）」から摩耶山・再度山の谷水を集めて、生田川を通り流れた水が岩の谷間から一氣に落下する神滝のこ…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>兵庫県の神戸市中央区にある布引の滝は、約1億年前に地下深くで生まれた花崗岩でできた六甲山中に、布引滝の源流「獺池（かわうそいけ）」から摩耶山・再度山の谷水を集めて、生田川を通り流れた水が岩の谷間から一氣に落下する神滝のことで、雄滝（おんたき）、夫婦滝（めおとだき）、鼓ヶ滝（つつみがだき）、雌滝（めんたき）の四つある滝を総称して「布引の滝」と呼んでいます。</p>
<p>布引滝は、縄文時代以前に龍神や弁財天などの多くの神の大先祖様となった布引滝の由来の民話『竜宮の乙姫伝説』があり、697年頃の飛鳥時代に、神変大菩薩の諡号を持つ日本最強の呪術師と名高い「<strong>役行者（えんのぎょうじゃ）</strong>」が砂子山に滝勝寺（現在は徳光院）を建立して布引の瀧で修行をしたと『滝勝寺縁起』で記され、768年には、布引滝の近くに大龍寺を創建した「和気清麻呂」が道鏡の刺客に襲われた際、谷に棲む大龍に救われたと伝わってる<strong>大龍王と縁が深い霊場（パワースポット）</strong>とされてきました。</p>
<h2>布引滝の由来の民話『竜宮の乙姫伝説』</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki1.jpg" alt="布引滝の由来の民話『竜宮の乙姫伝説』" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2146" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki1.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki1-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /></p>
<blockquote><p>大むかし、この国はどこへ行ってもいたるところ、見渡す限り葦の葉が生え茂っていたので豊葦原国（とよあしはらのくに）と云われていました。その頃には、この付近には、人はほとんど住んでいませんでしたが、とある一つの美しい滝のほとりの岩陰にある小さな一軒家に、一人の翁と一人の美しい娘との親子が住んでいました。娘は顔かたちが美しいばかりでなく、心のやさしい親孝行な人でした。</p>
<p>翁もまたこの一人娘を心から可愛がって、ぜひとも立派な娘に育てたいものと考えておりました。娘は、素直な性質で父親の言うことをよく聞きました。娘は父親の言葉にしたがって、毎日のように家の近くの滝つぼに入り、どうどうと音を立てて流れ落ちる滝の水に打たれて身を清め、一心不乱に修業しておりました。</p>
<p>この娘の修業の様子が神様に通じたのか、不思議なことが起こってきました。まず、娘は気が付いてみると、自分が何時間でも水の中に潜っていることができるのです。水の中を、あちらこちらと歩いたり泳ぎまわったりしても自由に呼吸ができるのです。いや、呼吸していなくても苦しくないのです。また娘は気がついてみると、自分が鳥のように空中に舞いあがることができるようになっているのです。しかも、本当の鳥のように素早く大空を飛んでいけるのです。何百里も離れている山や谷や川を、あっという間に飛び越えて、行き来することができるようになったのです。</p>
<p>それまで、美しい姿かたちをしていた娘の体は、龍神の姿となって、大空や大海を自由に飛びまわったり泳ぎまわったりすることができるようになったのです。龍神の姿になった娘は、大空を飛んだり、大海に潜って泳ぎながら、人々を苦しめていた悪魔や妖怪や化物を退治したり懲らしめたりしましたので、人々は大変助かり、この龍神に感謝して、大龍王さまといって崇めるようになりました。</p>
<p>大龍王は、おそろしい竜神の姿をして悪者を懲らしめるだけでなく、時にはやさしい女神の姿になって、たくさんの船の航海の安全を守り、船頭を助けましたので、船乗り達からは、海の女王さまといって尊敬されるようにもなりました。</p>
<p>龍神が人々の苦しみを救い、困っている人を助けたのは海や空でばかりではありません。陸地でも多くの人々を助けて、その家の仕事を大いに繁盛させたので、人々はまた龍神のことを弁財天さまといって敬うようにもなりました。</p>
<p>そしてこの娘の化身は、後の世になって龍神さまとか弁財天さまと呼ばれる多くの神さまの大先祖様となったのです。その後、国中には人々の生活の邪魔をする者もいなくなり、樹木も生え穀物も豊かに実るようになってきたので、この国のことを豊葦原瑞穂国（とよあしはらみずほのくに）と呼ぶようになり、人々も、ますます多く住むようになりました。</p>
<p>そのむかし、翁と娘とが静かに暮らしていた一軒家のそばのこの滝は、今や龍神さまとか弁財天さまとして尊敬されている大龍王さまが、最初に修業された故郷なのです。後の人々はこの滝を見て、大龍王さまは、この滝にある大壷穴を住居としていられるに違いないと信じるようになりました。</p>
<p>そこで人々は、この大壷穴のことを竜宮と名づけるようになりました。この龍王さまは、いつもはこの滝の中の竜宮から出て日本全国を飛びまわり、悪い者を懲らしめたり困っている人を助けたりしていますが、一年に一回は、必ずこの竜宮に帰って来られるのだと信じていました。</p>
<p>しかもその時には、この滝で修業していた娘時代と同じように、乙姫の姿をして帰って来られるので、人々は龍王のことを「竜宮の乙姫」とも呼びました。またこの滝の水が、岩と岩との間を白い飛沫をあげながら流れ落ちている姿が、ちょうど、乙姫の着る白布の羽衣を岩の間に引き懸けているのに似ているところから、<br />
この滝は「布引滝」と呼ばれるようになったということです。</p>
<p>（出典:『葺合懐古三千年史』布引滝の乙姫）</p></blockquote>
<h2>日本三大神滝の究極パワースポット【布引の滝】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki2.jpg" alt="日本三大神滝の究極パワースポット【布引の滝】" width="650" height="975" class="alignnone size-full wp-image-2150" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki2.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki2-200x300.jpg 200w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
布引の滝（雄滝、夫婦滝、鼓ヶ滝、雌滝）は古来から名勝の地として知られ、歴代の呪術師が集う最強パワースポットの「<a href="https://matrix-travel.net/nachinotaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">那智の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」や『日本三大名瀑』で日光修験道の最高パワースポットの「<a href="https://matrix-travel.net/kegontaki" target="_blank" rel="noopener noreferrer">華厳の滝<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」と肩を並べる『<strong>日本三大神滝</strong>』の一つにも選ばれています。</p>
<p>布引の滝という名は、『葺合懐古三千年史』の「布引滝の乙姫」にあるように、滝を落ちる水が大龍王の乙姫の着る白布の羽衣に見えたため付けられたと云われ、布引滝の上流にある大龍寺には、804年に「<strong>弘法大師・空海</strong>」が当時は命がけで唐に渡る航海の直前に参詣して、大航海中に海の女王に安全を護られ、無事に帰国後に再度大龍寺に参詣したという話から、山号を再度山（ふたたびさん）と呼ばれるようになってます。</p>
<p>平安時代初期からは、在原行平・業平兄弟の布引滝見物を語った『伊勢物語』で一躍有名になり、鎌倉時代から一般的に有名になった那智滝や、江戸時代から多く知られるようになった華厳滝の『日本三大神滝』の中でも最も古くから名称が世に知れ渡ったとされ、『平治物語』には、弘法大師「空海」や大弁財天と非常に縁が深い「<a href="https://matrix-travel.net/miyajima" target="_blank" rel="noopener noreferrer">宮島の厳島神社<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」を造営した「<strong>平清盛</strong>」が布引滝の見物を語られてる等、数多くの貴族や歌人たちがこの地を訪れて多くの名歌も詠まれています。</p>
<h3>雄大な海へと流れる【雌滝（めんたき）】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki3.jpg" alt="雄大な海へと流れる【雌滝（めんたき）】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2151" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki3.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki3-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
布引の滝で駅から一番近い場所にある「雌滝（めんたき）」までは、新幹線のJR新神戸駅から徒歩5分で、映画『<strong>すずめの戸締まり</strong>』でも有名になった「新神戸駅の建物」の1階に降りて北側に進むと新神戸駅の高架下に「←布引の滝0.4KM」という大きな案内表示がありますので、その順序通り高架下のトンネル進んで坂を上がると、2分程でレンガ造りの「砂子橋（いさごばし）」が見えてきます。</p>
<p>砂子橋を渡ると平坦な道と階段の分岐点があり、案内表示には「左側の平坦な道を100メートルで雌滝」「右の階段を270メートルで雄滝」とありますので、雄滝（おんたき）だけを近道で行きたい方以外は、左側の「布引の滝（雌滝、鼓ヶ滝、夫婦滝、雄滝）」の四つを順序通り見れるハイキングコースを100メートル程進むと雌滝に到着します。</p>
<p>雌滝は写真の奥にある高さ19メートルの滝で、雌滝の周辺には観瀑橋や座って滝を眺められるベンチが設けられ、布引渓流の水は『名水百選』にも選ばれてる「<strong>KOBE　WATER</strong>」として赤道を越えても腐らずに世界を旅する航海士たちに愛される美味しい水として有名ですが、この世界一とも称される浄化された水は大阪湾に流れ、淡路島と鳴門市を挟む鳴門海峡にある『世界三大潮流』で世界一大きい渦潮をガラス越しに展望できる「<a href="https://matrix-travel.net/uzunomichi" target="_blank" rel="noopener noreferrer">鳴門の渦の道<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>」のある海へと繋がってます。</p>
<h3>水音が鼓の音のように聞こえる【鼓ヶ滝（つつみがだき）】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki4.jpg" alt="水音が鼓の音のように聞こえる【鼓ヶ滝（つつみがだき）】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2153" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki4.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki4-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
雌滝から鼓ヶ滝（つつみがだき）までは徒歩5分程ですが、鼓ヶ滝、夫婦滝、雄滝までのハイキングコースは急な階段を上る必要がありますので、サンダルやハイヒールではなく、歩きやすく滑りにくい靴で来ることなど、事前の心構えが必要となります。</p>
<p>江戸時代までは、現在の様な雌滝から鼓ヶ滝、夫婦滝、雄滝までの遊歩道や尾根道は整備されておらず、『齋藤拙堂の旅行記』によれば「砂子山に登り、さらに険しい山路を登って茶店のある望瀑台に着いた。滝は正面に見える。岩角をたどって滝壺辺りへ降りると滝の飛沫で着物がびしょ濡れになった。」と記されています。</p>
<p>鼓ヶ滝は「鼓滝」と刻まれた石の先にある高さ8メートルの滝で、多くの人はこの滝の存在に気がつかず通り過ぎてしまう程の見えずらい場所にありますが、滝の水音が鼓の音のように聞こえるから鼓ヶ滝と名付けられたとされ、水が流れる音や鳥のさえずりが聞こえる道の途中には、平安時代から詠み継がれてきた36歌が刻まれた「布引三十六歌碑」が各所で設置されています。</p>
<h3>二手の水が合流して寄り添う【夫婦滝（めおとだき）】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki5.jpg" alt="二手の水が合流して寄り添う【夫婦滝（めおとだき）】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2155" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki5.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki5-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
鼓ヶ滝から5分ほど上ると、雄滝（おんたき）と夫婦滝（めおとだき）がある一番見所のある場所に到着で、「夫婦滝」は雄滝の滝壺にある二手の水が夫婦のように合流して寄り添うように流れてることから名付けられた9メートルの滝で、周辺には、座って滝をゆっくり眺められるベンチや階段の上には多数の祠があります。</p>
<p>1300年以上前の飛鳥時代に「<strong>役小角（えんのおづの）</strong>」尊称で役行者（えんのぎょうじゃ）が、布引滝で修行中に馬頭観音や不動明王、時には布引の滝に住む弁財天に護られた民話の</p>
<blockquote><p>今からおよそ千三百年も昔のことです。布引の滝に一人の修行者がやって来ました。里人の質問に、行者は答えて言いました。</p>
<p>「わしは、役行者じゃ。これまで箕面（みのお）の滝ではげしい行をしておったが、それを終え、これからはこの布引の滝で、滝に打たれたり大護摩を焚いたりして『ゆか大法』という一段と厳しい行をするつもりじゃ」</p>
<p>役行者が行を始めて二十一日目のことでした。滝の落ちる谷間一帯に何とも言えないいい香りがただよい、不思議な光が差し始め、突然、滝の中から馬頭観音が姿を現わされました。</p>
<p>「行者よ、よく厳しい行に耐えられた。まもなく、あなたは大きな力を得られるであろう」行者は少しの間、ボウッとしていました。が、ふと気が付くと、行者のまわりにいろいろな魔物が現われてきて、しきりに行を妨げたり、もっと楽な他のことをするように行者を誘いかけたりしました。</p>
<p>しかし、行者の意思は強く、前よりはげしく一心に滝に打たれていました。するとやがて滝の水の中から、おそろしい顔かたちをした不動明王が現われて、行者の周囲に集まってきていたモノノ怪を追い払ってくれました。時には滝に住む弁天さまが現われて、行者を護ってくれました。</p>
<p>ついに修行を終えて、何でも自由自在になる不思議な力を身につけた役行者は、修行中に現われた馬頭観音や不動明王の像を刻んで、滝の東の谷に祀りました。これが滝勝寺の起こりだということです。</p>
<p>（出典:『役行者と布引の滝』）</p></blockquote>
<p>『役行者と布引の滝』があり、雄滝と夫婦滝のある場所の近くには、「<strong>白々龍神（しららりゅうじん）</strong>」という神変大菩薩「役行者」と縁が深い祠もあることから、この周辺が古来から重要な霊場（パワースポット）であったのが分かります。</p>
<p>その後の歴史には、明治元年に神戸港が開港してから、英人マーレーの『旅行の案内記』で世界中に紹介されて、神戸を訪れる外国人達の第一の観光地になり、明治5年から「布引遊園地（現在の公園）」が布引滝周辺に作られ、一時は居留地の外国人に布引の地を占領される危機などもあり、明治33年に日本最古の重力式コンクリートダムの「五本松堰堤」が建造されてからは、布引の滝の水量が激減してしまい、負のエネルギーも蔓延してしまいました。</p>
<h3>5つの甌穴がある竜宮【雄滝（おんたき）】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki6.jpg" alt="5つの甌穴がある竜宮【雄滝（おんたき）】" width="650" height="488" class="alignnone size-full wp-image-2156" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki6.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2023/09/NunobikinoTaki6-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
雄滝（おんたき）は、落差が43メートル、深さは6.6メートルの雄大な滝で、上空から見ると5段に分かれて落下してるのが確認でき、各5つの段に甌穴（おうけつ）があり、甌穴とは、専門家の実地調査でも証認されてる急流を流れ落ちる水と岩石が数十万年かけて作り上げた世界的にも稀な自然現象で、上段から滝姫宮、白龍宮、白鬚宮、白滝宮、五瀧宮と呼ばれ、甌穴の中で丸くなった石が極まれに出水時に出てきたものを「<strong>竜宮石</strong>」として重宝され、『竜宮の乙姫伝説』と共に神格化されています。</p>
<p>布引の滝のある六甲山は昔は「ムコ」と呼ばれ、『万葉集』には牟古山、務古山、六児山と記され、神戸市の灘区六甲山町にある「六甲比命大善神社（ろっこうひめだいぜんじんじゃ）」には、縄文人が積み上げたとされる巨石の磐座（いわくら）をご神体として、祭神は六甲比命大善神（大弁財天・吉祥天）＝「撞賢木厳魂天疎向津姫（瀬織津姫・向津姫）」で、縄文の女神「<strong>瀬織津姫（セヲリツヒメ）</strong>」の総本宮と位置づけられています。</p>
<p>現在は文明の急発展によって見えずらくなってしまった「天」にある大宇宙、「地」にある山や滝、石や木などの全ての自然の大切さ、そして「人」を表す自身の中にある創造主である小宇宙（ミクロコスモス）に多くの人が氣付いた時に、平和と豊さをもたらし海を照らす「<strong>竜宮の乙姫</strong>」が再び神の戸を開いて姿を現すのかもしれません。</p>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p><strong>布引の滝の観光所要時間</strong>は「1時間以内」で楽しむことができるので、観光に時間がない人にもオススメのスポットです。</p>
<p>布引の滝の雄滝（おんたき）の周辺には、「布引雄滝茶屋」や「徳光院」があり、布引雄滝茶屋（おんたき茶屋）は、創業100年以上の歴史ある茶屋で、メニューには、布引ラーメンや鍋うどん、おでんや湯豆腐、事前予約のみですが「おんたき御膳」等を食べながら滝を眺めることもできます。</p>
<p><strong>近場にある他の観光スポット</strong>は、「布引雄滝茶屋」からハイキングコースで更に上に進むと「猿のかずら橋」や「谷川橋」を渡ることができて、布引貯水池が満水の時にのみ出現する幻の5つ目の滝とも呼ばれる「五本松かくれ滝」や『ダム湖百選』にも選ばれてる「布引ダム・布引貯水池（五本松堰堤）」など、ハイキングコースとしても見どころが多くある観光スポットです。</p>
<h3>布引の滝の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】布引の滝（雄滝、夫婦滝、鼓ヶ滝、雌滝）<br />
【<strong>住所</strong>】兵庫県神戸市中央区葺合町<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
■雌滝（めんたき）まではJR新神戸駅から徒歩5分<br />
雄滝（おんたき）まではJR新神戸駅から徒歩15分<br />
【<strong>料金</strong>】無料<br />
【<strong>営業時間</strong>】年中無休<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="https://www.feel-kobe.jp/facilities/0000000093/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公式サイト<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>布引の滝の地図情報</h3>
<div class="ggmap"><iframe width="600" height="450" style="border: 0;" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m18!1m12!1m3!1d1503.828365250664!2d135.1938034782903!3d34.70838332598566!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x60008eda60698e3b%3A0x846737c40a8f9e2!2z5biD5byV44Gu5rud!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1693809348262!5m2!1sja!2sjp" allowfullscreen="allowfullscreen" loading="lazy" referrerpolicy="no-referrer-when-downgrade"></iframe></div>
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		<item>
		<title>『世界三大潮流』鳴門の渦潮をガラス越しに展望できる【渦の道】</title>
		<link>https://matrix-travel.net/uzunomichi</link>
					<comments>https://matrix-travel.net/uzunomichi#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 02 Mar 2023 15:00:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国内旅行]]></category>
		<category><![CDATA[日本の絶景・夜景]]></category>
		<category><![CDATA[パワースポット]]></category>
		<category><![CDATA[四国地方]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[世界一]]></category>
		<category><![CDATA[徳島県]]></category>
		<category><![CDATA[日本一]]></category>
		<category><![CDATA[展望台]]></category>
		<category><![CDATA[お気に入り]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://matrix-travel.net/?p=1035</guid>

					<description><![CDATA[渦の道(UZU NO MICHI)は徳島県鳴門市にある、淡路島と鳴門市を挟む「鳴門海峡」で太平洋(紀伊水道)と瀬戸内海の潮の干満差により発生する「世界一大きな渦潮」を鳴門海峡に架かる大鳴門橋（おおなるときょう）の橋桁下部…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>渦の道(UZU NO MICHI)は徳島県鳴門市にある、淡路島と鳴門市を挟む「鳴門海峡」で太平洋(紀伊水道)と瀬戸内海の潮の干満差により発生する「<strong>世界一大きな渦潮</strong>」を鳴門海峡に架かる大鳴門橋（おおなるときょう）の橋桁下部にある遊歩道からガラス越しに見学できる展望台です。</p>
<p>鳴門海峡で発生する「うずしお」は、大きさが世界一で「渦の速さも世界で三番目の速度」と言われ『<strong>世界三大潮流</strong>（鳴門海峡、イタリアのメッシーナ海峡、カナダのセイモア海峡）』の一つに選ばれています。</p>
<p>そんな世界最大クラスの「うずしお」を延長約450メートルの遊歩道にある「<strong>ガラス張りの床</strong>」から渦潮を覗き込むことや、鳴門海峡の絶景を堪能出来ることあり、世界最大の旅行サイトである<span class="sc_content_icon" style="color: #000000;"><i class="fa fa-tripadvisor" aria-hidden="true"><span>fa-tripadvisor</span></i></span>トリップアドバイザーの「2017年エクセレンス認証」を受賞したことで世界中にも知られ、年間の入場者数が約60万人にも上る『<strong>徳島県を代表する観光スポット</strong>』の一つです。</p>
<h2>世界三大潮流で世界一大きい渦潮</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/Whirlpool.jpg" alt="世界三大潮流で世界一大きい渦潮" class="alignnone size-full wp-image-1081" width="650" height="452" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/Whirlpool.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/Whirlpool-300x209.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
鳴門海峡の潮流は『<strong>世界三大潮流（せかいさんだいちょうりゅう）</strong>』であるイタリア半島先端の「メッシーナ海峡の潮流」や北アメリカ西岸とバンクーバー島東岸の間にある「セイモア海峡の潮流」と並ぶ程の速度で、鳴門海峡の潮流の速さは大潮の最大時には、時速20km以上にもなり、渦の速さは世界で三番目の速度で『<strong>日本三大潮流（鳴門海峡、来島海峡、関門海峡）</strong>』の中でも日本一の速さと言われています。</p>
<p>鳴門の渦潮は「瀬戸内海」と「紀伊水道」の干満差により、激しい潮流が発生することによりできる自然現象で、春と秋の大潮の時には最大で直径約30メートルにも達し、世界2位の大きさである直径約10メートルのノルウェーの「サルトストラメン街の海峡」や世界3位の大きさであるフランスの「ランス川河口」を大きく上回る「<strong>世界一大きい渦潮</strong>」です。</p>
<p>渦巻き（らせん）は「<strong>宇宙の根原現象</strong>」で銀河系等の創造的エネルギーの源で「全ての道はトーラスへ通ずる」とされ、世界的にも人気の忍同士のバトルアクション漫画『<strong>NARUTO -ナルト-</strong>』は主人公の名前が「うずまきナルト」で「仙術チャクラ」と呼ばれる自然エネルギーを取り入れる等、鳴門海峡の渦潮や宇宙の仕組みを意識して創られた作品としても知られています。</p>
<h2>うずしおを覗き込める遊歩道【渦の道】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi2.jpg" alt="うずしおを覗き込める遊歩道【渦の道】" class="alignnone size-full wp-image-1069" width="650" height="435" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi2.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi2-300x201.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
渦の道(UZU NO MICHI)は徳島県の鳴門市と兵庫県の淡路島の間にある「鳴門海峡」に架かる大鳴門橋（おおなるときょう）の橋桁下部に設置された延長約450メートルの遊歩道および「展望台」で、展望室までは400メートル余りあり、途中には4箇所のベンチを備えた「休憩所」やトイレ等が設けてあります。</p>
<p>渦の道には「お得なセット券」を発売していて、渦の道と「大鳴門橋架橋記念館エディ」や「エスカヒル鳴門」の両方に行く方は「セット券」を買うのがお得になります。</p>
<h3>ガラス張りの床から覗き込める【シースルー床】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi3.jpg" alt="ガラス張りの床から覗き込める【シースルー眺望床】" class="alignnone size-full wp-image-1073" width="650" height="457" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi3.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi3-300x211.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
遊歩道の途中の数ヶ所や展望室の中央には、畳1枚程の大きさ（約1．8㎡）の「<strong>ガラス張りの床</strong>」が4枚ずつ計8枚設置してあり、海上約45メートルの高さから潮の干満に伴う「激しい潮流」や「鳴門の渦潮」を覗き込むことができます。</p>
<p>4枚設置されたガラスの「シースルー眺望床」は「<span class="sc_content_icon" style="color: #dd3333;"><i class="fa fa-warning" aria-hidden="true"><span>fa-warning</span></i></span><span style="color: #ff0000;">ジャンプ禁止・スリップ注意</span>」と注意書きがありますが、大人の方が乗っても大丈夫な強化ガラスで造られており、ガラス張りの床の真上からスリル満点で見下ろすことができます。</p>
<h3>遊歩道の先端の見所ビューポイント【展望室】</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi-observatory.jpg" alt="遊歩道の先端にあるビューポイント【展望室】" class="alignnone size-full wp-image-1121" width="650" height="420" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi-observatory.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi-observatory-300x194.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
全長450メートルの遊歩道の先端にある見所ビューポイントの「<strong>展望室</strong>」は、大鳴門橋の橋桁空間を利用した回遊式になっていて、大きなガラス越しに大鳴門橋の橋げたや柱等の景観と、潮流が流れてる時間帯の時には「鳴門の渦潮」を間近に見下ろすことができます。</p>
<p>鳴門の渦潮は1日のうちで潮流が最速となる時間帯に最も迫力ある渦潮が発生し、潮の流れない時間帯には「<span class="sc_content_icon" style="color: #dd3333;"><i class="fa fa-exclamation-triangle" aria-hidden="true"><span>fa-exclamation-triangle</span></i></span><span style="color: #ff0000;"><strong>渦潮を見ることはできません！</strong></span>」ので、鳴門の渦潮を必ず見たい方は事前にホームページ等で「渦潮の見ごろの時間帯」や「渦潮の最適な日」をチェックしてから行くのがオススメです。</p>
<h3>鳴門の渦潮の見頃の時間帯とベストシーズン</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi-whirlpool.jpg" alt="鳴門の渦潮の見ごろの時間帯とベストシーズン" class="alignnone size-full wp-image-1145" width="650" height="423" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi-whirlpool.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi-whirlpool-300x195.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
<strong>渦潮の見ごろの時間帯</strong>は、毎日6時間おきにある満潮・干潮それぞれの潮流最速時の前後の時間帯で、<span class="sc_marker-animation y red">大潮</span>は前後2時間、<span class="sc_marker-animation blue">中潮</span>は前後1時間半、<span class="sc_marker-animation y">小潮</span>は前後1時間までが観潮には最適とされています。</p>
<p><strong>渦潮の見ごろのベストシーズン</strong>は、春と秋の<span class="sc_marker-animation y red">大潮</span>のある日が特にオススメとされ、大潮は「月」と「太陽」の引力が重なることにより、満ち潮と引き潮の水位差が大きくなり、海水の流れも特に速くなる日となりますので、大潮のある見頃の日や時間帯は下記のリンクにある「渦の道の潮見表」でご確認ください。</p>
<div class="button shadow block blue"><a href="https://www.uzunomichi.jp/tide-calendar/" class="midium" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><i class="fa fa-arrow-circle-right before" aria-hidden="true"><span>fa-arrow-circle-right</span></i>渦の道の潮見表</a></div>
<h3>遊歩道の左右から雄大な鳴門海峡の絶景</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi4.jpg" alt="遊歩道の左右両側から雄大な鳴門海峡の絶景" class="alignnone size-full wp-image-1078" width="650" height="418" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi4.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/uzunomichi4-300x193.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
<strong>渦潮が見れない時間帯</strong>でも展望台からは南東（太平洋）と北西（瀬戸内海）を見渡すことができ、遊歩道の左右両側は、橋本体への風圧の影響を軽減するため網構造(フェンス)になっていて、風が吹き抜ける金属の網から「<strong>雄大な鳴門海峡の絶景</strong>」を眺めながら空中散歩の気分を味わえます。</p>
<p>渦の道は<strong>雨の日</strong>でも営業していて、小雨の時は屋根があり問題ないですが、雨が強く降る(強風)時は金属の網から通路側に雨が入り込み、水が溜まってる場所がありますので、滑らないように歩く必要があります。<br />
（<span class="sc_content_icon" style="color: #dd3333;"><i class="fa fa-warning" aria-hidden="true"><span>fa-warning</span></i></span><span style="color: #ff0000;">台風のような暴風の時は閉館する場合があります！</span>）</p>
<h2>屋上から大鳴門橋の絶景【エスカヒル鳴門】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/esukahiru.jpg" alt="屋上から大鳴門橋の絶景【エスカヒル鳴門】" class="alignnone size-full wp-image-1087" width="650" height="432" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/esukahiru.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2019/05/esukahiru-300x199.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
他にも別途入場料がかかりますが、エスカヒル鳴門は渦の道から「徒歩5分」の場所にある、屋上から「大鳴門橋と鳴門海峡の絶景」が見られる展望施設で、エスカヒル鳴門館内にあるエスカレーターは、建設当時は日本一であった全長68m、高低差34mのエスカレーターに乗って、3分程で頂上まで到達することができます。</p>
<p>エスカレーターは眺望と採光を考慮したシースルー構造を採用しており、エスカレーターの両側には「スイセン」「ツツジ」等の花が咲いていて、春にはエスカレーターに乗りながら「サクラ」等も楽しむことができます。</p>
<p>屋上にある展望台からは大鳴門橋の全容と鳴門海峡が360度見渡すことができ、晴天の時には小豆島や和歌山県まで眺望できる『<strong>四国の中でも至高の絶景スポット</strong>』になっています。</p>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p><strong>渦の道の観光所要時間</strong>は「１時間以内」で楽しむことができるので、観光に時間がない人にもオススメのスポットです。</p>
<p><strong>渦の道への車での交通アクセス</strong>は神戸淡路鳴門自動車道「鳴門北IC」から約5分で、カーナビで「渦の道」に設定すると別の場所へ案内される場合がありますので、カーナビに「大鳴門橋架橋記念館 エディ」に設定するのが良いとされています。</p>
<p>渦の道と大鳴門橋架橋記念館エディには「<span class="sc_content_icon" style="color: #dd3333;"><i class="fa fa-warning" aria-hidden="true"><span>fa-warning</span></i></span><span style="color: #ff0000;">専用駐車場がありません</span>」ので、渦の道へ「徒歩５分」で行くことができる<strong>一番近い駐車場</strong>（駐車台数200台）の「<strong>鳴門公園第1駐車場（有料）</strong>」か、混雑している場合は「鳴門公園第2、3、4駐車場（有料）」もあります。</p>
<p><strong>近場にある他の観光スポット</strong>は、渦の道から「徒歩3分」の場所にある、平成30年3月にリニューアルオープンした、ゲームやアトラクションを通して徳島県の自然や文化を楽しみながら学べる「<strong>大鳴門橋架橋記念館エディ</strong>」や、1F部分に位置するカフェで、徳島五大麺の「徳島ラーメン」や「鳴ちゅるうどん」を食べられ、屋上からは大鳴門橋と鳴門海峡の絶景が見られる「<strong>エスカヒル鳴門</strong>」もありますので、楽しもうと思えば１日中観光できるスポットになっています。</p>
<h3>渦の道の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】大鳴門橋遊歩道 渦の道(UZU NO MICHI)<br />
【<strong>住所</strong>】徳島県鳴門市鳴門町（鳴門公園内）<br />
【<strong>電話番号</strong>】088-683-6262<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
■「JR徳島駅」から徳島バス「鳴門公園行き」乗車⇒（約80分）「鳴門公園」下車⇒徒歩5分</p>
<p>■「大阪・神戸」から（高速バス）⇒「鳴門公園口」下車⇒徒歩3分</p>
<p>■車では、神戸淡路鳴門自動車道「鳴門北IC」から約5分<br />
【<strong>料金</strong>】大人510円 高校生410円 中学生410円 小学生250円<br />
【<strong>営業時間</strong>】9:00～18:00 夏季(GW・夏休み)8：00～19：00<br />
冬季(10月～2月)9:00～17:00※最終入館は閉館の30分前<br />
【<strong>定休日</strong>】3・6・9・12月の第2月曜日。<br />
※夏休み（7/20～8/31）は無休<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="https://www.uzunomichi.jp/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公式サイト<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>渦の道の地図情報</h3>
<div class="ggmap"><iframe loading="lazy" width="600" height="450" style="border: 0;" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m14!1m8!1m3!1d26388.757219648876!2d134.6324904!3d34.233367!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x0%3A0x30f96f70345e92a7!2z5aSn6bO06ZaA5qmL6YGK5q2p6YGTIOa4puOBrumBkw!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1557502783548!5m2!1sja!2sjp" frameborder="0" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></div>
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		<title>不思議なパワーがある７体のモアイ像【サンメッセ日南】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 06 Jul 2017 22:07:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国内旅行]]></category>
		<category><![CDATA[日本の絶景・夜景]]></category>
		<category><![CDATA[パワースポット]]></category>
		<category><![CDATA[九州地方]]></category>
		<category><![CDATA[宮崎県]]></category>
		<category><![CDATA[テーマパーク]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[展望台]]></category>
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					<description><![CDATA[サンメッセ日南は、九州の重要な要の一つである「鵜戸神宮」が近くにあることで知られる宮崎県の日南市南部に位置する「７体のモアイ像」がシンボルのテーマパークで、世界で初めてモアイを日本で復刻する事を許可されたサンメッセ日南の…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>サンメッセ日南は、九州の重要な要の一つである「鵜<strong>戸</strong>神宮」が近くにあることで知られる宮崎県の日南市南部に位置する「７体のモアイ像」がシンボルのテーマパークで、世界で初めてモアイを日本で復刻する事を許可されたサンメッセ日南の母体である一燈園が1996年に村おこしと地球の平和と感謝を願って設立されました。</p>
<p>園内には不思議なパワーやモアイジンクスがある「７体のモアイ像」を中心に、太陽の光に包まれた空と雄大な風景を望むことができる「天空の塔」、宮崎のご当地グルメが味わえる南洋レストラン「noa・noa」や世界の貴重な蝶や昆虫などを展示する「センタープラザ」等が広い園内に点在しています。</p>
<p>サンメッセ日南にある７体のモアイ達は日本のモアイ修復チームが、1990年から3年かけて倒れていた15体のモアイを立ち上げた「奉仕と友情」に対して、イースター島の長老会と島民が日本で復元することを世界で初めて正式に認められて、両国の考古学者の監修とアフ・アキビが見事に完全復刻されました。</p>
<h2>不思議なパワーとジンクスがある【７体のモアイ像】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="http://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/sanmesse0.jpg" alt="それぞれ不思議なパワーがあるとされる７体のモアイ像" class="alignnone size-full wp-image-63" width="650" height="433" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/sanmesse0.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2018/05/sanmesse0-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
完全復刻した世界的にも極めて貴重な７体のモアイ像にはそれぞれが象徴するパワーを秘めているとされる「<strong>モアイジンクス</strong>」があります。</p>
<p>左から仕事運、健康運、恋愛運、開運（全体運や旅行運）、夫婦円満、金運、学力向上等のご利益があるとされています。</p>
<p>このパワーがある貴重なモアイ像を実際に触ることができて、写真も撮ることができることから多くの観光客の方に「撮影スポット」や「パワースポット」として宮崎県の中でも<strong>人気の観光スポット</strong>になっています。</p>
<h2>モアイのテーマパーク【サンメッセ日南】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="http://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse2.jpg" alt="モアイと太陽と南洋のテーマパーク【サンメッセ日南】" class="alignnone size-full wp-image-67" width="650" height="476" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse2.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse2-300x220.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
サンメッセ日南は７体のモアイ像の他にもイースター島を思わせるモアイ広場が一望できる「サンデッキ」や絶景を楽しみながら遊ぶことが出来る「ブランコ」や７色に彩られた人物が海とモアイを眺めながら座っている姿が印象的な「モアイと海を見るヴォワイアン」等のアート作品も展示しています。</p>
<p>他にも4種類の動物と触れ合える「動物舎」や恋人たちの丘にあるカップルにオススメの２体のパワースポット「<strong>最愛（モアイ）</strong>」や古来よりイースター島では部族の守り神として祀られたモアイ像の力を借りた悪縁や苦難を断ち切るパワースポットとして「<strong>縁切りモアイ</strong>」と呼ばれるモアイ像もあります。</p>
<h3>サンメッセ日南の園内マップ</h3>
<blockquote><p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse_newareamap.jpg" alt="サンメッセ日南の園内マップ" width="650" height="441" class="alignnone size-full wp-image-2089" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse_newareamap.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse_newareamap-300x204.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
（出典:株式会社サンメッセ日南）</p></blockquote>
<h3>サンメッセ日南へのアクセス方法</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse6.jpg" alt="サンメッセ日南へのアクセス方法" width="650" height="438" class="alignnone size-full wp-image-76" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse6.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse6-300x202.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
サンメッセ日南までは「電車」での交通機関はなく「車」か「バス」でのアクセス方法のみとなっています。</p>
<p><strong>サンメッセ日南の車でのアクセス</strong>は「宮崎駅」から「約50分」ほど掛かりますが、道路が海沿いで続いており、日本でも有数の絶景を楽しめるドライブコースとして人気があります。</p>
<p><strong>サンメッセ日南のバスでのアクセス</strong>は「宮崎駅前バスセンター」から「約1時間20分」で着くバス停の「サンメッセ日南下車」で、車内からは同じく海沿いの絶景を楽しむことが出来ますが、バス停からサンメッセ日南の入口まで３分程の少し急な坂を上る必要がありますので、自家用車かレンタカーで行くのがオススメです。</p>
<h3>広い園内をスムーズに移動できるラウンジカー</h3>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="http://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse3.jpg" alt="広い園内をスムーズに移動できる【ラウンジカー】" class="alignnone size-full wp-image-69" width="650" height="417" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse3.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse3-300x192.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
サンメッセ日南の入口で広い園内をスムーズに移動できる「ラウンジカー」をレンタルすることができます。</p>
<p>一台で５人まで乗れるラウンドカー（30分で1000円）は申込みをする際に「普通免許証」が必要になります。</p>
<p>ラウンドカーを借りることで坂の上にある「センタープラザ」や頂上に位置する「地球感謝の鐘」まで直射日光を避けながら楽に移動できるのでオススメです。</p>
<p>（７体のモアイ像の広場までは、入口から歩いて数分なので園内全てをまわる予定のない方は借りなくても問題ないです）</p>
<h2>理想の地球へ向かう姿を表現【太陽の丘】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse8.jpg" alt="理想の地球へ向かう姿を表現【太陽の丘】" width="650" height="423" class="alignnone size-full wp-image-2090" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse8.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse8-300x195.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
サンメッセ日南の第20回開園記念のモニュメントとして作られた天地望蝶がある「太陽の丘」は、直径30メートルの円の中にある5羽の大きな蝶が理想の地球へと向かう姿を地上絵で表現しています。</p>
<p>この地上絵は、センタープラザにある天井絵と合わせて「天地望蝶（てんちぼうちょう）」という作品で、中心にある燈火台の周りを舞うようなデザインで日時計にもなっています。 </p>
<p>天地望蝶モニュメントの中心部分にある燈火台の火は、「比叡山の不滅の法燈」と「広島原爆の残り火」と縁が深いとされ、未来に向けて2つの火が現在も灯され続けています。</p>
<h2>太陽と空と海の雄大な風景【天空の塔】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="http://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse4.jpg" alt="太陽の光に包まれた空と海の雄大な風景【天空の塔】" class="alignnone size-full wp-image-71" width="650" height="488" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse4.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse4-300x225.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
公園内の坂道の途中からは美しい景観を望むことができる天空の塔。</p>
<p>春分の日と秋分の日の年２回、７体ある中心のモアイの背中から昇った朝日が「天空の塔」の１０ｃｍの隙間を通り、太陽の階段をかけ登り、頂上にある「地球感謝の鐘」の中心に差し込むように設計されています。</p>
<p>これらの神秘的な自然の情景は、かつて太平洋やインド洋に存在したと云われ現在まで様々な理由で封印されてしまった「伝説のムー大陸」や「レムリア文明」の面影を感じさせます。</p>
<h2>南洋レストランや世界の蝶を展示【センタープラザ】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse9.jpg" alt="南洋レストランや世界の昆虫を展示【センタープラザ】" width="650" height="402" class="alignnone size-full wp-image-2091" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse9.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse9-300x186.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
七色のヴォワイアン像の上にある「センタープラザ」には、宮崎県のご当地グルメのチキン南蛮とマンゴージュースが味わえる南洋レストラン「noa・noa（ノアノア）」や九州初で約4500点の世界の蝶や昆虫などを季節毎にシリーズに分けて常設展示している「世界の昆虫博」など南洋ロマンあふれるスポットが点在しています。</p>
<p>入口に天井画の「天地望蝶」が描かれてるセンタープラザには他にも、本場のイースター島やモアイ像についての説明や写真展示、サンメッセ日南を設立した一燈園の創始者である「西田天香の記念館」等があります。 </p>
<h2>頂上に建てられた【地球感謝の鐘】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="http://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse5.jpg" alt="頂上には世界の平和を願って建てられた【地球感謝の鐘】" class="alignnone size-full wp-image-74" width="650" height="411" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse5.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2017/07/sanmesse5-300x190.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
サンメッセ日南の頂上にある「地球感謝の鐘」は世界の平和や地球への感謝を込めて、日本の神道、仏教、キリスト教など17の内外宗教界トップの方々の協力によって作られました。</p>
<p>鐘の音源はサヌカイト（讃岐岩）という「古代原石」でサヌカイトフォーンの奏でる神秘的な音楽は地球への平和や感謝のメッセージをのせて響いています。</p>
<p>サンメッセ日南のシンボルであるモアイの意味は「モ」は未来「アイ」は生きる、すなわち「<strong>未来に生きる</strong>」という意味が込められています。</p>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p><strong>サンメッセ日南の所要時間</strong>は７体のモアイを見るだけなら「約20分」程で園内全てをまわっても「1時間～3時間」程なので観光の時間がない方にもオススメのスポットです。</p>
<p><strong>サンメッセ日南のお土産</strong>には「ウェルカムショップ」でそれぞれのパワーに合わせた開運のお守りやここでしか買えない「モアイグッズ」が多く取り揃えてあります。</p>
<p>７体のモアイ像がある「モアイ広場」は常に多くの観光客が居るので「人が写ってないモアイの絶景写真」を撮りたい方は「<strong>朝一番の時間</strong>」に行くのがオススメです。</p>
<h3>サンメッセ日南の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】サンメッセ日南<br />
【<strong>住所</strong>】宮崎県日南市大字宮浦2650<br />
【<strong>電話番号</strong>】0987-29-1900<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
宮崎駅前バスセンター⇒宮交バス日南・飫肥行きで1時間27分⇒バス停:サンメッセ日南下車⇒徒歩で3分<br />
【<strong>料金</strong>】入園800円、中・高生500円、4歳以上350円<br />
（2022年12月1日から入園1000円、中・高生700円、4歳以上500円）<br />
【<strong>営業時間</strong>】9:30～17:00<br />
【<strong>定休日</strong>】第一、第三水曜日（８月、祝日を除く）<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="https://www.sun-messe.co.jp/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公式サイト<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>サンメッセ日南の地図情報</h3>
<div class="ggmap"><iframe loading="lazy" width="600" height="450" style="border: 0;" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m14!1m8!1m3!1d3395.950309271013!2d131.459762!3d31.6625792!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x3538da8c9c6079af%3A0x31e3e67395660879!2z44K144Oz44Oh44OD44K75pel5Y2X!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1488052603732" frameborder="0" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></div>
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			</item>
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		<title>炭焼き民話が伝わる『ダブルダイヤモンド富士』の聖地【田貫湖】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[旅行の達人 NINJA]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 21 Feb 2022 15:00:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国内旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中部地方]]></category>
		<category><![CDATA[日本の絶景・夜景]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[刀剣]]></category>
		<category><![CDATA[静岡県]]></category>
		<category><![CDATA[キャンプ場]]></category>
		<category><![CDATA[民話]]></category>
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					<description><![CDATA[田貫湖（たぬきこ）は静岡県富士宮市にある人造湖で、元々の名称は狸沼（たぬきぬま）や『炭焼き藤次郎』という田貫湖に伝わる民話から「長者ヶ池」と呼ばれていましたが、1923年に発生した関東大震災によって芝川の水量が減少したこ…]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>田貫湖（たぬきこ）は静岡県富士宮市にある人造湖で、元々の名称は狸沼（たぬきぬま）や『<strong>炭焼き藤次郎</strong>』という田貫湖に伝わる民話から「長者ヶ池」と呼ばれていましたが、1923年に発生した関東大震災によって芝川の水量が減少したことから、1935年には築堤及び貯水工事が始まり、1949年に現在の呼び名である「田貫湖」に改称されました。</p>
<p>田貫湖には限られた条件の時にのみ水面に映る「逆さ富士」や「ダイアモンド富士」といった富士山の絶景を撮影できる観光スポットで、更に限られた時期と条件の時にしか現れない「<strong>ダブルダイヤモンド富士の聖地</strong>」としても知られています。</p>
<h2>長者ヶ池由来の民話『炭焼き藤次郎』</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/08/tanukiko0.jpg" alt="長者ヶ池由来の民話『炭焼き藤次郎』" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2025" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/08/tanukiko0.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/08/tanukiko0-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
田貫湖の名称の前は「長者ヶ池」と呼ばれていましたが、その由来となったのが『<a href="https://tanukiko.com/story/story02/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">炭焼き藤次郎<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a>』という『鬼滅の刃』の主人公「竈門炭治郎」を思わせる、心やさしい炭焼きの若者が長者になる民話ですが、この炭焼き長者の民話は全国に存在していて、四国・九州では『炭焼き小五郎』で伝えられ、他の地域では、長次郎・松五郎・藤太・喜藤次などの名前を変えて青森から沖縄まで全国に伝えられています。</p>
<p>この全国に伝わる炭焼き長者の伝説の中心地は、大分県豊後にある「内山観音」に伝わる『真名野長者と般若姫』とされ、顔の一面に黒い痣がある玉津姫と炭焼き小五郎の物語で、『炭焼き長者』と『絵姿女房』の昔話を複合した形で語られてきました。</p>
<p>木炭は10000年以上前の縄文時代(新石器時代)から使われていたと推定されていて、火を使う刀鍛冶などの「たたら製鉄」には木炭は欠かせないもので、木炭の原料となる木が近場でなくなると、木の多い地区へ移動して製鉄をしていたことから、たたら製鉄と『炭焼き長者』の民話が全国に伝わったとされています。</p>
<p>古くより刀剣には特別な霊力が宿るとされ、刀鍛冶は錬金術師やサンカの黄金伝説とも縁が深く、長者さんと呼ばれた田貫次郎と後醍醐天皇の皇孫である尹良親王の昔話『尹良親王と延菊』も伝えられ、田貫湖畔北側にある「田貫神社」では、灯篭に十六菊花紋が刻まれ、御祭神は不詳となってますが、尹良親王と田貫次郎が祀られていると推測されています。</p>
<h2>ダブルダイヤモンド富士の聖地【田貫湖】</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/08/doublediamondfuji8.jpg" alt="ダブルダイヤモンド富士の聖地" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2027" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/08/doublediamondfuji8.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/08/doublediamondfuji8-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
ダイヤモンド富士とは、富士山頂と太陽が重なって山頂がダイヤモンドのように輝く光学現象で、富士山周辺にある山中湖や本栖湖など場所によって観測期間が異なりますが、日の出の時に「天に昇るダイヤモンド」と日没の時に「地に隠れるダイヤモンド」の2つのダイヤモンド富士を観測することができます。</p>
<p>田貫湖はダブルダイヤモンド富士の聖地として有名で、富士山頂がダイヤモンドのように輝く現象が、富士山頂と水面の合わせて2つ映ることから「ダブルダイヤモンド富士」と呼ばれ、年に2回の限られた時期と時間に、快晴の日で水面に波がない時にしか現れないことから「幻影の絶景」とも呼ばれています。</p>
<p><strong>田貫湖でダブルダイヤモンド富士が見れる時期</strong>は年に2回しかなく「4月20日の1週間前後」と「8月20日の1週間前後」で山中湖と比べると短い期間限定で、天気が「快晴の日」で水面に富士山が綺麗に映る「風が静かな日」という条件が必要になります。</p>
<div class="sc_frame_wrap inline red">
<div class="sc_frame_title">4月20日の1週間前後</div>
<div class="sc_frame ">
<div class="sc_frame_text">日の出が6:00頃なので「北側駐車場前の桟橋付近は4月22日頃」「西岸の北端部分では4月23日頃」「休暇村富士前展望デッキでは4月24日頃」「南岸キャンプ場内展望テラスは4月25日頃」と北から南へと見れるポイントが移動します。</div>
</div>
</div>
<div class="sc_frame_wrap inline blue">
<div class="sc_frame_title">8月20日の1週間前後</div>
<div class="sc_frame ">
<div class="sc_frame_text">日の出が6:08頃なので「南岸キャンプ場内展望テラスでは8月18日頃」「休暇村富士前展望デッキでは8月19日頃」「西岸の中央は8月20日頃」「西岸の北端部分では8月21日頃」「北側駐車場前の桟橋付近は8月22日頃」と4月とは逆に南から北へと見れるポイントが移動します。</div>
</div>
</div>
<h2>雨乞い伝説『竜になった吉野長者の娘』</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/08/ryujin1.jpg" alt="雨乞い伝説『竜になった吉野長者の娘』" width="650" height="434" class="alignnone size-full wp-image-2028" srcset="https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/08/ryujin1.jpg 650w, https://matrix-travel.net/wp-content/uploads/2016/08/ryujin1-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 650px) 100vw, 650px" /><br />
田貫湖には『<strong>竜になった吉野長者の娘</strong>』という雨乞い伝説があり、むかし天間の福泉寺の近くに「吉野長者」という大金持ちが住んでいましたが、子宝に恵まれませんでした。</p>
<p>そこで夫婦は氏神（うじがみ）に一心に祈ったところ、女の子が生まれ夫婦はたいへん喜んで「たまき」という名をつけて、かわいがって育てました。</p>
<p>月日は流れ「たまき」が18歳になった年のこと『一度でよいから白糸の滝の近くにある大きな池を見たい』と両親にお願いしたので、さっそくカゴに乗せて、大勢の供をつけて長者ヶ池（田貫湖）へやりました。</p>
<p>長者ヶ池に着くと「たまき」はしばらく池をジッと見つめていると、にわかに暗雲がたれこめ、稲妻が走り雷がおこると「たまき」は竜（金龍、白龍、大蛇）となり池の中へ飛び込んでしまいました。</p>
<p>人々があっけにとられていると、池の中央にあらわれ『私は吉野の娘として生まれましたが、実はこの長者ヶ池の主です。訳あってどうしても池に帰らなければならなくなったのです。どうか私を大事に育ててくれた両親にくれぐれもよろしくお伝えください』と言うと、そのまま池の中へ消えてしまいました。</p>
<p>人々は急いで家に帰り「吉野長者」にそのことを話しましたら、夫婦は悲しんで「たまき」の寝床を調べてみると、まばゆい「金の鱗」が３片輝いていたそうです。</p>
<p>以来、日照りで困ったときは、池に祈念すると雨に恵まれ「水の神様」としてうやまったと云われています。</p>
<h2>旅行の達人の観光ガイド</h2>
<p>ダブルダイヤモンド富士は、限られた期間の中で、天気に恵まれ、風が止み、水面の波が穏やかな状態で、日の光が富士（22）を超えた先と、「太陽」と「幸運の女神」に愛されていないと綺麗に撮影することが非常に難しい絶景スポットです。</p>
<p>田貫湖には駐車場が５ヶ所以上ありますが、ダブルダイヤモンド富士の時期は混雑が予想されますので、事前に用意周到な準備と心構えが必要となります。</p>
<p>ダブルダイヤモンド富士の時期以外でも、完全予約制ですがキャンプ場が設けられていて、バーベキューや釣り、春には桜やツツジ、秋には紅葉とサイクリングしながら富士山の美しい風景を感じ取ることができる観光スポットです。</p>
<h3>田貫湖の観光情報</h3>
<p>【<strong>スポット名</strong>】田貫湖（たぬきこ）<br />
【<strong>住所</strong>】静岡県富士宮市佐折634-1<br />
【<strong>交通アクセス</strong>】<br />
「富士宮駅」から富士急静岡バスの「休暇村行き」で45分⇒「田貫湖キャンプ場」で下車して徒歩5分<br />
【<strong>料金</strong>】入場料　無料<br />
【<strong>ホームページ</strong>】<a href="https://tanukiko.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">田貫湖キャンプ場<span class="sc_content_icon" style="color: #1e73be;"><i class="fa fa-external-link" aria-hidden="true"><span>fa-external-link</span></i></span></a></p>
<h3>田貫湖の地図情報</h3>
<div class="ggmap"><iframe loading="lazy" width="600" height="450" style="border: 0;" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m18!1m12!1m3!1d11267.598396291338!2d138.55325051546453!3d35.342923722484336!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x601bdcaa569a68f7%3A0x9149954b0fc45213!2z44CSNDE4LTAxMDcg6Z2Z5bKh55yM5a-M5aOr5a6u5biC5L2Q5oqY77yW77yT77yU4oiS77yR!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1501089169934" frameborder="0" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe></div>
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